「サービス認知とブランディングのどちらにおいても、明らかに将来の顧客との接点を失っていました。そのため、ITを活用した顧客とのタッチポイントの改善は急務でした」と、リンカーズ CMOの小林裕氏はDX(デジタルトランスフォーメーション)に着手し始めた2020年を振り返る。

  • リンカーズ CMO 小林 裕氏

製造業向けのビジネスマッチングSaaS「Linkers Sourcing」を提供するリンカーズ。東日本大震災で東北の製造業が壊滅的な被害を受けたことから、製造業の支援を目的に代表の前田佳宏氏が2012年に創業した企業だ。

サービスのベースとなるのが、1000名以上の産業コーディネーターをネットワーク化した独自のデータベースだ。技術を有する企業や技術の活用事例など、各地の産業コーディネーターからの情報がデータベースに集約され、技術課題解決のためのパートナー探索や技術を有する企業の販路開拓、先端技術情報の調査などに活用される。

Webセミナーを自社開催、インサイドセールスチームが顧客育成

リンカーズも新規顧客の開拓においては、多くのBtoB企業と同様にリアルの展示会やセミナーに参加し、名刺交換を通じて人脈を広げ、新たなビジネス機会を得ていた。だが、新型コロナウイルス(新型コロナ)の感染拡大とともに展示会やイベントの中止が相次いだ。そのため、同社は2020年2月に見込み客(リード)開拓を目的に、自社でのWebセミナー開催を決定。2020年4月に初回のセミナーを開催した。

「もちろん、経験も知見もなかったため、初回は外部サービスを活用して配信しました。ユーザーからの反応はまずまずで、獲得できたリードからも、本格的に取り組む価値があると実感できたため、4月中にZoomを使った2回目のセミナーを実施しました。徐々に必要な機材をそろえて、ブラッシュアップしていきました」と小林氏は明かす。

  • リンカーズのセミナー配信機材例。撮影用カメラ、ミキサー、スイッチャー、照明機材、マイク、動画編集用PCなど少しずつ機材をそろえてWebセミナーを内製化していった

Webセミナーと同時にリンカーズが進めたのが、セールスとマーケティングのDXだ。

リンカーズではマーケティング部内にインサイドセールスチームを設置しているが、Webセミナー実施後は、セミナー申し込みで獲得したリードとWebアンケートの回答内容を組み合わせて分析。営業チームへのトスアップやアンケートの回答内容に基づいたナーチャリング(顧客育成)などに活用している。

活用するデータの検討やトークスクリプトの作成にあたっては、マーケティング部内で議論を重ねたという。インサイドセールスチームの立ち上げに関わった、リンカーズ マーケティング部 リーダーの志村匠斗氏は、「ホームページのアクセス解析結果も使えるけど、『弊社のサイトの〇〇を閲覧されてましたよね?』という電話がかかってきたら、監視されているようで気分は良くないだろう。それよりも、『アンケートに○○とお答えいただいていますが、△△なお悩みであれば当社はこんなお手伝いができます。一度お打ち合わせの機会を~~』という案内のほうが受け入れてもらえるはず、と仮説を立て、実施しました」と語る。

  • リンカーズ マーケティング部 リーダー 志村匠斗氏

集客メールの見直しでアーカイブ動画の視聴者数が50%改善

マーケティングにおいては、「メール」を見直した。例えば、Webセミナーの案内のメールを送っても反応が良くなかった場合、メール開封、閲読、閲読後のURLクリック、どの時点でのアクションが悪化しているかを数字で確認する。「URLクリックに課題があるなら、見やすいレイアウト、かつ受け手に対してわかりやすく情報が並んでいるのか徹底的に見直します。それでクリックされなくてもいいように、私たちが伝えたい情報が伝え切れているかという観点からメールを作成するよう指示しています」と小林氏。

ある時、マーケティング部主導で「Webセミナーのアーカイブ動画に価値がある」という考えの下、顧客向けにアーカイブ動画のメール配信を始めた。だが、第1弾では申し込んだ人のうち10%ほどしか視聴しなかった。

「第1弾では複数の動画を紹介したのですが、『アーカイブ動画がある』ことしか伝わらず、興味を喚起できていないのかもしれないと仮説を立てました。そこで、第2弾では紹介する動画を1つに絞り、セミナーのテーマや内容を添えたところ、視聴者数が35%に改善しました」と志村氏は説明する。その後は、文字数を減らしてセミナーの内容説明を削り、代わりにセミナー参加者からの感想を掲載するなどブラッシュアップを行ったところ、視聴者数は申込者の60%に改善したという。

  • アーカイブ動画の告知メール第1弾。レイアウトも整っていて、図版もあり、悪くないように見えるが……(左)、現行のアーカイブ動画の告知メール。セミナーのタイトルをトップに置き、掲載する動画を1つに絞った。セミナー参加者からの感想は太文字で強調してある(右)

以前は大手人材企業で営業職に就いていた志村氏は、リンカーズで初めてマーケティング業務に就いた。ツールの使い方も知らず、当初は戸惑うことも多かったそうだ。だが、現在は、「ちょっとした工夫で提供するサービスの価値が上がる」ことを実感し、マーケティングのDXに慣れてきたという。

これまでの経験を踏まえて小林氏は、セールスやマーケティングのDXを進め、リードを獲得するうえで「顧客の課題を理解する以外の勝ち筋はない」と断言する。会社が提供するサービスが決まっている以上、マネタイズを考慮するとどうしてもサービスに目が向き、プロダクトアウトの視点で営業戦略を組み立ててしまう。しかし、課題を解決したい顧客からしたら、自分たちと同じように課題に目を向けてくれるからこそ、サービスを使おうかと思えるものだ。

「当たり前のことのようですが、DXの名の下に慣れないツールや未経験の指標を用いてビジネスを刷新しようすると、新しいことに取り組むことで精一杯になり顧客から目が逸れてしまう。デジタルの先にいる、潜在顧客に対しての想像力と、課題の解決に自分たちならどう貢献できるかが重要で、やることと提供する価値は変わりません」(小林氏)

自前でのWebセミナー実施から1年以上が経つ中、リンカーズは平均して250名ほどを集客できるようになった。セミナーの案内時のメールも工夫しており、今では「未参加者」「1~2回」「3回以上」とセミナーの参加回数に応じて、案内するメールの文面は変えている。自社での知見を生かして、2020年7月からはWebセミナーの運営代行サービスを提供し始めている。