順天堂大学は、東京大学との共同研究により、自身の行動の抑制に関わる脳の情報処理回路を同定し、前頭葉にある「下前頭皮質」の2つのサブ領域を起点とするそれぞれ独立した回路の働きによって、不適切な行動が抑制されることを発見したと発表した。
同成果は、順天堂大 医学部生理学第一講座の長田貴宏准教授、同・小西清貴教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ライフサイエンスを扱ったオープンアクセスジャーナル「Cell Reports」に掲載された。
横断歩道を渡り始めたが、まだ赤信号であったことに気づき、動き出した足を止めるといった不適切な行動の抑制は日常的に行われるが、こうした能力は「反応抑制機能」と呼ばれ、変化する環境の中で、行動を最適化するのに必要不可欠な働きとされる。
この反応抑制機能は、脳損傷の患者における症例報告やfMRIに代表される脳機能イメージング研究から、右の下前頭皮質や「前補足運動野」と呼ばれる前頭葉にある複数の脳領域が関与していることが分かっていたほか、研究チームのこれまでの研究から、頭頂葉にある「頭頂間溝領域」も関わっていることが報告されている。
しかし反応抑制が実現される際、これらの領域がどのように結びついて神経回路が形成されるのか、さらに回路の中でどのような時間順序で処理がされ情報が流れているのかは、よくわかっていなかったという。
そこで今回の研究では、最先端の脳機能イメージング手法を用いて、反応抑制に関わるヒトの脳領域およびその神経回路構成の同定を試みることにしたという。
具体的には、健常者を対象に、反応抑制機能を調べる「ストップシグナル課題」と呼ばれる、左向きまたは右向きの矢印が画面に出たときに、矢印と同じ側のボタンをできるだけ早く押す、または左右の矢印が出た直後に、上向きの矢印に変わる場合はボタンを押さない(ストップ試行)というルールで試験を実施。課題遂行中の脳活動をfMRIを用いて計測したところ、ストップ試行においてうまく止まれた際(=反応抑制)、前頭葉において下前頭皮質および前補足運動野、頭頂葉において頭頂間溝領域など、複数の領域に活動が確認されたという。
これを踏まえ、領域間の機能的結合性を調べあげたところ、下前頭皮質は「腹側部」と「背側部」の2つのサブ領域に分かれ、それぞれ別々のネットワークグループに属することが判明したという。
さらに、fMRIで同定された脳領域に対し、非侵襲的脳刺激法である「経頭蓋磁気刺激法」(TMS法)が課題遂行中に行われ、これらの領域の活動が一時的に不活性化されると、効率低下が起きるタイミングが脳領域によって異なり、3つのタイミングに分かれることが明らかになったほか、タイミングの一番早かった下前頭皮質腹側部が、ほかの領域に影響を及ぼすかどうかの調査として、連発TMS刺激を用いて下前頭皮質腹側部の活動が持続的に低下させられ、その前後での下前頭皮質背側部や前補足運動野への刺激について効果を調べたところ、下前頭皮質背側部への刺激では変わらず反応抑制効率が低下した一方で、前補足運動野への刺激による効果には変化が見られたとする。
今回の研究から、行動を抑制する際に働く2つの脳神経回路が示され、その中でどのような時間順序で情報が処理されていくのかが示されたほか、それぞれが別々の機能を担うことも示唆されることとなったことから、研究チームでは、今回の成果について、行動抑制に関わる神経メカニズムの全容解明につながるだけでなく、神経回路の科学的根拠に基づいた認知機能障害の予防・回復法の開発に貢献することが期待されるとしている。