九州工業大学(九工大)は9月22日、溶液を滴下するだけの簡便な手法で導電性高分子の一種である「水溶性ポリアニリン(SPAN)」のランダムネットワークを作製し、湿気のある環境下で酸化還元現象に由来する「ヒステリシス電気特性」の電気化学反応が現れることを明らかにしたこと、ならびにリカレントニューラルネットワークの一種である「物理リザバー計算」をSPANのネットワークで動作させることで、0から9までの音声を認識させることに成功したことを発表した。

同成果は、九工大大学院 生命体工学研究科の宇佐美雄生助教(大阪大学大学院 理学研究科 招へい研究員兼任)、大阪大学大学院 理学研究科の松本卓也教授、オランダ・Twente大学ナノテクノロジー研究所のWilfred van der Wiel教授、九工大大学院 生命体工学研究科 ニューロモルフィックAIハードウェア研究センター センター長の田中啓文教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、材料科学が題材の学術誌「Advanced Materials」に掲載された。

現在の第3次人工知能(AI)ブームの主流はニューラルネットワークを用いた学習システムだが、主にソフトウェアによって記述されたプログラムに沿って学習が行われるため、高性能な情報処理を行うためには、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)の活用が必要であったりと、多量の電力を必要とすることが課題となっている。

膨大な消費電力の削減のために、ASICや脳型回路といったハードウェアに落とし込む取り組みも進められているが、低減できる電力には限界がある。

そうした中で近年注目を集めるようになってきたのが、リカレントニューラルネットワークの一種で、従来のニューラルネットワークのように計算処理を層ごとに行わず、デバイスの持つ物理特性を用いて計算を行うためソフトロボット、レーザー、量子ドット、ナノ材料など、さまざまな物理系を適用することが可能な「物理リザバー計算」だという。

ところが物理リザバー計算も、従来の検討候補については大規模なものが多かったことから、ロボットやスマートフォンなどといった演算性能がHPCほどではない機器への組み込みが難しいという課題があった。

そこで研究チームは今回、そうした課題の解決に向け、「水溶性ポリアニリン(SPAN)」水溶液を滴下して乾燥させるという簡便な方法により、高密度かつランダムなナノ材料ネットワークを、多電極間に形成することでネットワークを作製。

  • SPANネットワークを用いた音声認識 (出所:九工大 Webサイト)

,A@物理リザバー計算|

電流-電圧特性を調べたところ、湿度の上昇に伴って電流値が上昇し、ヒステリシスな電気特性が得られることが確認されたとする。この結果について研究チームでは、大気中の湿気の影響でSPANの酸化還元反応が促進されたためと考えられるとしている。

また、入出力間の応答の関係性を調べたところ、出力電極を変えることで応答性が変化することが判明。電極とネットワークの界面における電気化学反応やネットワークの電荷輸送経路が、電極ごとに異なることが理由と考えられるとしており、このような出力応答の違いを上手く足し合わせて物理リザバー計算を行うことで、目的に応じた学習結果を得ることが可能だと判断。SPANネットワークを用いて物理リザバーとして音声認識を行わせる手法を考案したという。

  • 物理リザバー計算

    (a)SPANネットワークの原子間力顕微鏡画像。(b)電流-電圧特性。(c)入力電圧と出力電圧の関係 (出所:九工大 Webサイト)

音声信号がSPANネットワークの内部を走り回ることで、電極ごとに信号の形が異なる音声を得ることができ、それらを足し合わせて各出力信号に共通する情報を取り出すことで、SPANネットワークを使って音声認識を行うことができることを確認したという。

実際に0から9までの数字音声の分類を行ったところ、7割近くの音声を正しく分類できたという。

  • 物理リザバー計算

    (a)SPANネットワークを用いた物理リザバーによる音声認識の原理。赤矢印のようにネットワーク内を信号が走り回った結果の出力を足し合わせて認識する。(b)数字音声認識の結果。表中の数字は、分子が聞き取った数字の割合が各数字ごとに示されている (出所:九工大 Webサイト)

有機分子ネットワークの電気化学反応を用いて情報処理を実現できたことは、生物の脳の神経回路、つまり有機分子のネットワークが電気化学反応を用いて信号伝達を行っている仕組みを模擬できることを示すものであり、研究チームでは、低消費電力かつ自律して動作する脳の機能を獲得した次世代デバイスの創製およびAIシステムへの実装が期待されるとしている。