英Armは英国時間の9月15日、自動車業界向けにSDF(Software Defined Future)のプラットフォームとして、「SOAFEE(Scalable Open Architecture for Embedded Edge、ソフィー)」を提供する事を明らかにしたので、その内容をご紹介したい。

SDFとは何なのか?

そもそもSDFはなんぞや? という話であるが、SDFというのは、別に「未来がソフトウェアで定義される」という意味ではなく、「未来のシステムはすべてSoftware Definedになる」という意味である。その意味では、本当は別に自動車でなくても良いのだが、まず最初に自動車向けにソリューションを提供した、というのが今回の発表である。

さて自動車業界向けのソフトウェア開発がどんどん困難になっているというのは知る人ぞ知る話ではあるが、すでに自動車向けのコード行数は航空機を超えているとかいう話がある訳で、いかに効率よくこれを開発するかは大きなテーマになっており、これに向けて新しいパラダイムシフトを導入すべく、色々な取り組みが行われている(Photo01)。

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    Photo01:左上からプロセッサエレメントのモジュール化、Cloud Native、Value Chainの再構築、EVの新しいUE(User Experience)、ソフトウェア開発の複雑化などが挙げられている。今回のテーマはこのうち、中央上のCloud Nativeである

このうちの1つがCloud Nativeである。つまりCloud上でソフトウェア開発を行うと、それをそのまま実車に実装できるという仕組みだ(Photo02)。

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    Photo02:正直言って、ここにSOAFEEが来るとは思っていなかった

もっとも、言うのは簡単だが実際には難しい仕組みである。特に車載向けの場合、低レイテンシやハイパフォーマンスが要求されるが、通常Cloud Nativeの形で開発したものをそのまま実車に持ってきても、レイテンシが大きくなりすぎるとか性能が出ないといった事が普通に想定できる。これに対応するため、ArmはSOAFEEというフレームワークを車載向けに提供する事を今回発表したという訳だ。

では自動車向けにSDFを導入する事のメリットは何か? をまとめたのがこちら(Photo03)だが、ちょっとこれはハイレベルのまとめ過ぎてイメージがわかない。

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    Photo03:大前提としてこれが成立するのは、差別化のポイントをハードウェアからソフトウェアに移すという大きな流れの中である。ただ短期的にはSDFを使いつつ、引き続きハードウェアを差別化のポイントとすることになると思われる

もう少し具体化したのがこちらだ(Photo04)。

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    Photo04:この結果としてハードウェアの抽象化が進み、将来的にはハードウェアのコンポーネントレベルでの提供に近づくことになる

SDFを自動車に持ち込むとどうなるか、というイメージである。開発はクラウド側で、CI/CDを駆使して行う訳だが、そこで開発したものはコンテナの形で成果物として提供される。一方、実車の側は、そのコンテナをクラウドと同じ様に扱えるインフラを用意しておけば、クラウド側で開発したアプリケーションをそのまま実車に載せて実行できることになる。これに際して、このコンテナの稼働環境をクラウドと実車で同じ様に提供するのが、今回発表されたSOAFEE Frameworkという訳だ(Photo05)。

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    Photo05:クラウド側では仮想EUC上でアプリケーションを動くように開発し、それを実車に持ってゆくという、いわばJavaの仮想マシン的な扱いになる訳だ。一番下のArm SystemReadyは、本質的にはあまり関係ない

様々な業界にFrameworkの提供を狙うArm

ちょっと話が行き戻りするが、そもそもSOAFEE Frameworkそのものは必ずしも自動車向け「のみ」という訳ではない。もともとCloud Nativeの開発環境で作ったアプリケーションを独立したターゲットで実行するというニーズは潜在的に非常に多く(Photo06)、そこに向けたFrameworkが求められていたのは事実である。

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    Photo06:クラウドでの実施は本質的にハードウェア非依存だが、実際の現場はニーズに応じて異なる要求がある訳で、そこにクラウドの環境で実行というのは当然無理がある

ただしそのFrameworkは当然業界というか用途によって異なるものとなる(Photo07)。

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    Photo07:この例は自動車業界を意識したものだが、他にも産業機器とか公共交通機関、医療機関など安全性とリアルタイム性が求められる業界のニーズはほぼこれに近い

そこで自動車業界に向けたFrameworkをSOAFEEという形で提供した、というのが今回の発表という訳だ(Photo08)。

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    Photo08:この原稿執筆時点では、まだSOAFEE SIGのURLなどは発表されていない

さて、先にちょっと奥歯にモノが挟まったような書き方をしたのは、実はSOAFEEそのものは2020年12月に発表されているからだ。2020年12月にLinaroは「LEDGE(Linaro EDGE)」というリファレンスプラットフォームを発表した。これはある意味汎用のエッジ向けプラットフォームであるが、用途に応じて様々なものが提供されるという。とはいえUEFI BootでTPMが搭載され、PARSECがサポートされるという、Armの提供するセキュリティエレメントが標準的に搭載されたものだが、このLEDGEの上で動かすアプリケーションの開発環境としてSOAFEEが利用されることが明らかにされていたからだ

もっとも現状で言えばLEDGEの詳細仕様は何も決まっていないも同然で、要するにLEDGEというプラットフォームをこれから構築し、そのアプリケーション開発環境としてSOAFEEを利用する予定です、という話でしかない。

ちなみにこの時点でのSOAFEEに関する表現は“There is strong collaboration between Linaro and Arm around Trusted Substrate as a foundational element of Service Oriented Architecture for the Embedded Edge (SOAFEE).”(SOAFEEの基本要素であるTrusted Substrateの開発は、Linaro社とArm社の間で強い協力関係の元に行われた)という書き方になっており、ここからSOAFEEの開発はArmが、というよりもArmとLinaroが共同開発を行ったように見える。実際、後で出てくるパートナー企業の中にLinaroが名前を連ねているあたりもこれを裏付ける。

要するにSOAFEEは非常に汎用的なFrameworkであり、ただし最初にターゲットにしたのは自動車業界向け、という事である。実際、質疑応答の中で、まずは自動車業界だが、潜在的には機能安全が利用できるほかの業界(産業、医療など)にももちろん利用できるという話が出ており、SOAFEE SIGも別に自動車業界のみをターゲットにするわけではない、という話であった。

SOAFEEで自動車の開発手法は変わるのか?

すでにArmは最初のSOAFEEのReference Stackの提供を開始したとしており、これを利用して「とりあえずどんなものか」を確認が可能である(Photo09)。

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    Photo09:当然ながら現時点ではArm SystemReadyで提供されるハードウェアプラットフォーム向けが対象であると思われる

そして、このSOAFEE SIGのメンバー企業と思われるのがこちら(Photo10)。

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    Photo10:あくまでも“これらの企業の協力でFrameworkが定義された”とあって、これらの企業が全部SOAFEE SIGに加盟しているとはどこにも書いてないあたりが微妙。Founder Memberがこの全部なのか、一部なのか、も不明である

現状は自動車産業のTier 1とかが目立つ感じである。SOAFEEを利用する事で、開発時間の短縮化やプラットフォームの自由度の引き上げ、リファレンスプラットフォームを利用しての高度な開発が可能になり、ひいては高効率なSpecialized computeへの移行が進む、というのがArmのメッセージである。

すでにSOAFEEのリファレンスプラットフォームもADLINKから提供され、これでSOAFEEの検証が始められることになる。これがうまくいけば、今後はターゲットとなるハードウェア完成「前」に開発を始められることになり、システムの開発期間の短縮に大きな効果が得られることになる、とされる(Photo13)。

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    Photo11:この“Shift-left”はPhoto13で説明される

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    Photo12:いやさすがにこれを使っていきなり実車のシステム開発を始めるところはさすがに無いだろう。まずは検証から、というあたりと思われる

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    Photo13:開発完了までの期間が短縮(左に移動:shift-left)する、というのが先ほどの説明の意味である

今後、ArmはこのSOAFEEを自動車向け開発プラットフォームとして前面に押し出してゆく、というのが発表の骨子である(Photo14)。

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    Photo14:とりあえずSOAFEEのSIGも用意され、Cloud Providerによる開発環境の提供、SOAFEE Framework、ターゲットボードと一通りは準備が出来た格好だ。もっともまだ色々足りないものはあるだろうが、これは徐々に追加されてゆくだろう

SOAFEEはオープンソースで提供

説明としては以上だが、他に質疑応答で色々明らかになったことをお伝えしておく。まずターゲットで、Armは当然、ArmベースのアーキテクチャをSOAFEEに対応させるかたちでミドルウェア(というかSOAFEE Framework)を提供するが、SOAFEEそのものは特定のアーキテクチャに依存するものではなく、なのでターゲットに非Armアーキテクチャが来ることは当然あり得るし、開発側もそのアーキテクチャに対応したVirtual ECUが用意出来れば良い訳で、このあたりは今後SOAFEE SIGがArm以外のアーキテクチャをどこまで取り込むか(というか、SOAFEE SIGにArm以外のアーキテクチャを持つ団体や企業がどこまで参画し、どこまで協業するか)次第ということになる。

また現在様々なベンダーが独自の自動車向けプラットフォームを開発しているが、SOAFEEはこれらとは相反しない、というのがArmの見解だった。どんなプラットフォーム(それこそNVIDIA DriveやルネサスのR-Car VPF(Virtual Platform))も、いずれはCloud Nativeへの移行を考えざるを得ず、その際にSOAFEEを利用できるというものだった。SOAFEEは差別化要因にならない、つまりどんなメーカーでもいずれは対応しないといけない部分であり、これを共通化することでソリューションベンダーは自社の差別化要因に投資を集中できるというのが説明で、だから可能性としては例えばSOAFEEの上でNVIDIA DriveとかR-Car VPFが動くという事もあり得る訳だ。

SOAFEEそのものはオープンソースの形で提供されるので、あとはSOAFEE SIGが中立な形で運営されてさえいれば、様々なメーカーが自社のソリューションにこれを取り入れることが可能になる。その意味では、必ずしもArmによるSDFの囲い込み、という風にはならないと思う(このあたりはSOAFEE SIGの詳細がまだ確認できないので断言はできない)。

ちなみに最初の適用事例は「自動車のDiagnostic向けではないか?」との話だった。いきなりボディコントロールやADASに使うのは色々と敷居が高いかと思う。自動車の開発期間は概ね7年とかそういうオーダーであり、ソフトウェアの開発も5年とか掛かることが普通な状況が、これで4年とか3年に短縮されればそれはそれで大きな成果になるが、逆に言えば今すぐ開発を始めたとしても、その成果物が市場に出てくるのは2026年か2027年あたりになる訳で、当分先の話ではある。

以下、日本法人への取材をもとに2021年9月16日追記

9月16日(日本時間)に、Arm日本法人のBruno Putman氏に、SOAFEE SIGの話をもう少しだけ伺うことが出来たので、そこから分かったことを以下に付け加えさせていただこうと思う。

それによると、現時点ではまだメンバーを募っている最中であり、状況を公に出来る状況ではないが、もう少ししたらオープンにできる予定との事であった。

ちなみにSOAFEE SIGそのものはArmが呼びかける形で結成されたとのことだ。気になるSIGの運営方針は今のところまだ明かせる状態ではないとの話である。もっとも、だからといってArm主導というかArmの意向が強い組織になるとは限らないのがSIGの面白いところ。PCI-SIGやCXL Consortiumの様に、Intel主導で結成されつつも内部運営は極めて公平に行われている例もある訳で、このあたりは今後状況が明らかになるのを待ちたいと思う。