資産(アセット)には様々な定義がありますが、おそらくメリアムウェブスター英語辞典の「所有する価値がある物品」というのが最も簡潔な表現でしょう。しかし、概念は簡潔であっても、金銭、食料、医療機器といった非常に分かりやすい有形のものから、設備投資や知的財産(IP)、労働者の安全条件といったより抽象的なものまで、幾多のものが資産に該当します。企業レベルでは、在庫品、不動産、輸送中の商品などが含まれます。個人的な観点からは、飼い犬も、家に連れてこられたときから家族に愛されてきたので資産とみなすことができます。最も重要なことは、資産とは私たちが大切にしているもののことです。
大切なものだからこそ、見守りたいと思うのは当然です。状態がまったく変化しないなら、一度資産を確認しておけば、しばらくして再点検したときも同じ状態であることが保証されます。しかし、物事はそう簡単にはいきません。資産は種々雑多なので、老朽化したり、色あせたり、動いたり、移動されたりします。意図的にあるいは気付かずに、環境が変化することもあります。また、翌日に備えて夜に鍵を靴の中に入れておいたのに、それを忘れて家中をひっくり返して探したり、手術室で手術に使用した器具などを置き忘れたりすることもあります。
また、休暇から帰宅した際に地下室が浸水していたら、朝出勤したらガレージのドアが開きっぱなしだったら、などの「仮定」のシナリオもあります。いつも面倒を見なければならない大切な人が、無事かどうか知りたいと思うことも、何にも負けず重要なことです。それほど深刻ではないものの、スーパーの冷凍コーナーで買ったアイスクリームが、持ち帰る途中に溶けたり再凍結していないかも気になるところです。よく調べてみると、私たちの注意を引きそうな資産に関する疑問点が多数あります。
IoTは、「スマート」技術を使って資産を監視することで、これらの疑問に答えるプラットフォームを提供しています。これにより、定期的な目視検査が不要になるだけでなく、新たな視点での洞察も可能になります。例えば、加速度計を搭載したアセットトラッカーを使って、輸送用ボックスが落下したり、振動したり、トラックの荷台に乱暴に投げ込まれたりしなかったかを記録することができます。他のセンサーで、育てにくい温室植物にどれくらいの期間にわたって配水しなかったかなど、別の種類のデータを提供することもできます。位置情報は、物体があらかじめ設定された地域内または地域外に移動したときに警告を発することができる、最も重要な監視パラメータです。また温度感知は、例えば温度に敏感な医薬品が保管中や輸送中に、最低温度以下または最高温度以上の温度に晒されたかどうかを検知する人気の高いサービスです。多くの場合、このような資産監視は一日24時間週7日、常時実施する必要があります。
スマートIoTセンサーに給電するワイヤレス技術
資産位置情報はこの応用分野における重要な部分です。Markets and Markets社は、リアルタイムロケーションシステムが2025年までに24.8%の年平均成長率で、103億ドルにまで成長すると予測しています。
これらのスマートセンサーは必然的に小型で、資産と同一場所に配置されている必要があります。それには、情報を提供するための低消費電力集積回路と、必要なネットワーク通信を行うための無線技術が必要になります。今日、資産監視には、位置検出用GPSや資産識別用RFIDなど、いくつかの補完的な技術も使用されています。しかし、これらの技術では、GPSは消費電力が大きく、RFIDは極めて短距離で高価なリーダーを必要とし、またどちらも資産を適切に追跡するのに必要な動的伝送や環境情報を容易に取得できないため、資産監視向け用途としては技術的な課題があります。
リーダー自体についていえば、ワイヤレスバックホールは、Wi-Fiテクノロジー、Bluetooth Low Energy、独自のRFプロトコルなどの幅広い標準的なローカルエリアネットワーク技術を使用して実装できます。また、比較的新しい技術であるウルトラワイドバンドもここにきて普及が進んでいますが、広域ネットワークはセルラー接続で構築されています。
これらの技術にはそれぞれ利点があるものの、データレート、ワイヤレス通信範囲、バッテリー寿命の間で適切な組み合わせを見つけるのが困難な場合があります。これらすべてのニーズをバランスよく満たす技術のひとつがBluetooth Low Energyです。Bluetooth Low Energyは、世界中至る所で使われているため、スマートフォンやタブレット端末をはじめとする多彩なクライアントオプションが提供されます。クライアントの多くは、複数の無線インタフェースにも対応しているため、クラウドゲートウェイとして利用することも可能です。Bluetooth Low EnergyのGATT(Generic Attributes Profile)の一部であるFMP(Find Me Profile)などの機能によってこのような利点はすでに実現されています。資産を点検して音を出すなどのアラートを開始し、位置を特定するなど、実用面で役立っています。
資産管理を推進する主なトレンド
Bluetooth Low Energyが資産監視にとってさらに魅力的なのは、本質的に持ち運びやすく、ライン電源に接続されていないデバイスもサポートするからです。超低消費電力ソリューションのおかげで、コイン電池やエネルギーハーベスティングまでもが、Bluetooth Low Energyに基づくスマート資産追跡センサーの主な電源となっています。このようなエッジノードの設計者が直面する重要な課題は、これらのデバイスが高い信頼性を維持しながら、継続的かつ長時間にわたって動作し、データの収集や送信を行う必要があることです。実際これらのデバイスはシャットダウンできません!
新型コロナ感染症パンデミックにおける2つの大きなトレンドは、感染検査と接触者の追跡です。通常、核酸増幅検査(鼻腔ぬぐい液)または血清検査(血液サンプル)のいずれかで検査が実施されます。サンプル(ここでは資産)はラボに送って処理する必要があります。サンプルがラボに送られている間に資産追跡センサーのバッテリーが故障した場合、サンプルの信頼性が失われる可能性があります。同様に、公共の場でコンタクトトレーサーを着用した場合、トレーサーは着用者の交流と他者との距離を継続的に監視する必要があります。
一般に、資産監視ソリューションに求められるのは、バッテリーの寿命を最大限に延ばす、資産を監視するためのセンサーとの連携をサポートする、市場投入までの時間を短縮できる使いやすい開発環境を提供する、そしてコストを手頃な価格に抑える、ということです。
オンセミ(onsemi)は、資産追跡ソリューションに対するこれら4つの主な要件に対応する「RSL10」Bluetooth Low Energy SoCを提供しています。RSL10は低消費電力のBluetooth Low Energy無線機であり、ディープスリープモード時で62.5nWという低消費電力を実現しているため、バッテリーの長寿命化に役立ちます。この低消費電力動作は、デバイスが大部分の時間にディープスリープモードを維持するような、低デューティサイクルの資産追跡アプリケーションに最適です。
また、RSL10は設定変更が可能なため、アプリケーション要件に応じて機能を最適化することができます。送信電力の最適化、RAMの保持、異なる接続モードのサポートなどがこれに含まれます。標準的なアプリケーションでは、RSL10は1個のCR2032電池で最長10年間動作が可能であり、これはどの資産追跡ソリューションにとっても十分な長さです。
RSL10の特徴は超低消費電力だけではありません。RSL10には、包括的なアナログ/デジタルインタフェース(ADC、GPIO、I2C、SPI、PCM)も搭載されています。これにより、ビーコンや資産ソリューションで使用される最高精度のセンサーを接続し、制御することができます。データ送信には無線が重要ですが、センサーはアセットトラッカー周囲の環境条件を読み取る必要があります。RSL10の多機能性は、標準Bluetooth Low Energyスタックを使用した個別アセットトラッカーや、Bluetoothメッシュネットワークを介して相互に接続されたノードに対応でき、あらゆる資産トラッキング課題の解決に適しています。
高度に統合されたBluetooth Low Energyセンサーソリューション
RSL10には、意思決定や構成の選択に役立つ2つのプログラマブルコアも搭載されています。Arm Cortex-M3プロセッサーを、センサーデータの監視、接続性の制御、電源モードの管理を実行するように設定して、常に可能な限り効率良くシステムを動作させることができます。これには、消費電力とセンサー応答速度の間で適切なバランスを見つけることが必要です。Arm Cortex-M3プロセッサーはデジタルインタフェースを管理して、タイマーや割り込み、またはレベル検出を使用して連続でまたは定期的にデータを読み取ります。第2コアのLPDSP32プロセッサーは、センサーデータを処理するためのアルゴリズムを実行でき、可能な場合は軽量の人工知能を活用して、クラウドにデータを送信することなく、リアルタイムに信号処理の決定を下すことができます。また、AES-128暗号化エンジンの搭載やソフトウェアの階層化により、システムセキュリティも確保されます。
資産管理開発エコシステム
資産管理においては非常に多くの可能性が存在しますが、オンセミはRSL10をベースにした超低消費電力の資産追跡・監視アプリケーションを柔軟に設計できる、完全な開発用エコシステムを提供しています。
RSL10には、開発を容易にする包括的なツールとプラットフォームのセットが用意されており、ソリューションを短期間で市場に投入することができます。これらの開発ツールを使用すると、ArmのCMSIS-Packパラダイムによる迅速なソフトウェア開発が可能になり、開発者はサンプルプロジェクトを利用して素早く開発に取り掛かることができます。CMSIS-Packには、Firmware-Over-The-Air(FOTA)アップデート、モバイル(AndroidおよびiOS)アプリ、Eclipse IDE、IAR Embedded Workbench IDE、Arm Keil組み込み開発ツールなど様々な開発環境のサポートが含まれます。
RSL10ベースのプラットフォームと開発ハードウェアは、以下のような様々な適用シナリオのためのローンチパッドとして機能します。
- Arduinoフォームファクタボード(QFNおよびSIPパッケージ)を使用した一般的用途に対する評価
- メッシュネットワーク用システム(RSL10 Mesh Platform)
- センサー開発(RSL10センサー開発キット、Bluetooth Low Energy IoT開発キット、および温度センサービーコン)
- エネルギーハーベスティング(RSL10太陽電池マルチセンサープラットフォーム、エネルギーハーベスティングBluetooth Low Energyスイッチ)
オンセミの技術パートナーは、ターンキー(直ちに稼働できる)ソリューションとしてRSL10センサー開発キットをモデルとする、高度にカスタマイズ可能な低消費電力のビーコンやタグのポートフォリオを開発しました。これらのソリューションは、様々な環境センサー、セキュリティ強化、ローカリゼーションなど、充実した機能を提供します。サポートされる機能は、一緒にまたは別々にハードウェアプラットフォームに実装することができます。
これらのツールがすべて揃っているので、適切なものを選択するだけで資産追跡や監視アプリケーションの開発を迅速に行うことができます。
高度な統合で低BOMコストを実現
製品の商業的可能性を判断する際は通常、部品表(BoM)に記載されている個々の部品の総コストと、製造/試験/出荷にかかる直接コストに的を絞って検討します。結果は得てして同じです。すなわち、BoMと組立コストが低ければ低いほど、潜在的な収益性が高くなります。このアプローチには確かにメリットがありますが、落とし穴がないわけではありません。
より総合的なアプローチでは隠れた側面も考慮します。資産追跡ソリューションの場合、バッテリーの寿命は、交換費用、システムダウンタイム、サービス、およびメンテナンスが抑えられるため収益に寄与します。また、バッテリーの寿命を延ばすことで、一定期間における資産の稼働時間も長くなり、投資利益率に好影響を与えます。
今日の重要な点として、バッテリーの寿命が長いことは、頻繁な交換が必要な一次電池の使用による環境への影響を抑えるための対策となり、社会的責任を果たすことにつながります。エネルギーハーベスティングは、バッテリーをまったく無駄にしないという点で、これをさらに高いレベルに引き上げます。RSL10の特徴は、これらのメリットを引き出すための重要な要素であり、単なるBluetooth Low Energy無線機の役割をはるかに超えるものです。RSL10は、デュアルコア、マルチプロトコルのアーキテクチャーを持ち、各種センサーやトランスデューサーをサポートできる高度な設定が可能なデジタルインタフェースを備えているため、資産トラッカーに必要な多くのコンポーネントを1個のデバイスで置き換えることができます。1個のデバイスを使用することで製造コストを削減できるだけでなく、開発サポートが充実しているため、資産管理ソリューションを市場に投入するのに必要な設計コストも削減できます。
収益性は、製品の品質にしたがって選択する部品にも左右されます。この点に関しては、自動車市場と医療市場がおそらく最も厳しいでしょう。オンセミにはこれらの市場で、最も厳しい品質要求を満たすソリューションを提供してきた長い歴史があります。こうした高品質な資産追跡ソリューション、患者の生体情報を臨床環境と家庭環境の両方で安全かつ確実に監視して、患者に良い結果をもたらす必要がある医療用IoTアプリケーションなどに当てはめることもできます。
どの人でも企業でも、価値あるものをどこかに置き忘れたり、失くしたり、盗まれたりすることは避けられません。しかし幸いなことに、このような経験をしていない人でも企業でも、資産追跡技術の恩恵が受けられるでしょう。物事が安全かつ正常に機能していることを知ったり、問題が生じたときにその状態に関する通知を受け取れば、必要な処置を講じることができます。その結果、私たちが大切にしているモノに対する安心感が得られるのです。
著者プロフィール
Mike Pichecaonsemi
Marketing Operations and Applications Engineering Manager, Signal Processing, Wireless, and Medical Division