哺乳(ほにゅう)類の受精卵には、精子染色体が余分な卵子染色体と共に外に放出されてしまうのを防ぐ2段階の仕組みがあることを発見した、と理化学研究所、大阪大学などの研究グループが発表した。成果は顕微受精などの不妊治療技術の向上に役立つ可能性があるとしている。

受精卵は、父母からゲノム(全遺伝情報)を1セットずつ受け継いで2セットを持つ「2倍体」で、発生では基本的にこれを維持する。ただ哺乳類では、染色体数を親子で同じにするため半減させる「減数分裂」の途中にある2倍体の卵子と、減数分裂を終えた1倍体の精子が融合し、受精卵が一時的に3倍体となる。卵子側の余分な染色体は受精後に放出される。この時、精子染色体が巻き添えになって放出されずに、受精卵の中に残る仕組みは謎だった。

そこで研究グループは、マウスの精子と卵子の染色体の詳しい振る舞いを調べた。その結果まず、精子は卵子染色体の近くでは受精しないことが分かった。

受精では、精子と卵子の細胞膜が接着するために、卵子の細胞膜にある2種類のタンパク質が必要だ。これらでできた「ジュノ構造体」を調べると、卵子染色体の近くにはなく、離れた反対側に集まっていた。卵子がジュノ構造体の存在範囲を制御して卵子染色体から精子を遠ざけ、近くで受精しないようにしていた。

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    卵子染色体の近くでは受精が起こらなかった(左、中央)。右は蛍光顕微鏡画像で、2種類のタンパク質が作るジュノ構造体(黄色)は、卵子染色体(水色)から離れた部分に集中した(理化学研究所提供)

受精後、精子染色体は移動しても決して卵子染色体に近づくことはなかった。その仕組みを探るため、細胞の形を保つ骨格役の「アクチン構造体」を破壊したところ、卵子染色体と精子染色体が近づくものや、融合してしまうものが生じた。このことから、アクチン構造体が両者を遠ざけていることを発見した。

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    卵子染色体(上にある水色の塊)に近づかずに移動する精子染色体(黄色い矢印の先端)の連続写真(理化学研究所提供)

一連の結果から(1)卵子がジュノ構造体を制御し、卵子染色体の近くで受精が起きないようにしていることや、(2)受精後はアクチン構造体が、精子染色体を卵子染色体から常に遠ざかるようにし、精子染色体の放出を免れていること――を突き止めた。

また、ヒトの不妊治療で使われる顕微受精法(ICSI)を使い、精子染色体をわざと卵子染色体の近くに入れた受精卵を作ったところ、約30%で精子染色体が卵子染色体と融合して放出されてしまった。研究グループの阪大微生物病研究所の伊川正人教授(生殖生物学)は「顕微授精法では、卵子染色体から遠い所に精子染色体を置く必要があるだろう。こうして顕微授精の効率が良くなれば、不妊治療が安心、安全なものになっていくのでは」と述べている。

哺乳類の卵子は一般に光に弱いため、レーザー光を照射しての解析が難しかった。このため研究グループは高感度カメラを使いレーザーの出力を抑えて観察する方法を確立し、今回の成果を上げた。

研究グループは理研生命機能科学研究センターの森雅志研究員(発生生物学)ら、阪大の伊川教授のほか、近畿大学、扶桑薬品工業、国立遺伝学研究所の研究者で構成。成果は米国の細胞生物学誌「ジャーナル・オブ・セル・バイオロジー」に8月23日に掲載され、理研などが9月2日に発表した。

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