量子科学技術研究開発機構(量研)は9月8日、三菱重工業 防衛・宇宙セグメント 宇宙事業部との共同研究により、従来の宇宙船の構造材料であるアルミニウムよりも軽い、炭素繊維強化プラスチックなどの複合材料は、アルミニウムよりも宇宙放射線に対する遮へい効果が30~60%高いことを明らかにしたと発表した。

併せて、宇宙船の構造体をアルミニウムから複合材料に単位面積当たりの質量が同じになるように置き換えた場合、遮へい効果が2割程度向上すると推計されることになり、これにより宇宙空間での被曝線量を5割程度低減することが可能になることも発表された。

同成果は、量研 量子生命・医学部門 放射線医学研究所 計測・線量評価部の内藤雅之研究員、同・小平聡グループリーダーらの共同研究チームによるもの。詳細は、宇宙ライフサイエンスを扱う学術誌「Life Sciences in Space Research」にオンライン掲載された。

地球の近傍では、太陽からの太陽宇宙線、超新星爆発などで生じた高エネルギーの銀河宇宙線など、さまざまな宇宙放射線が飛び交っている。宇宙飛行士の安全を守るため、生涯に放射線を浴びても問題ないとされる上限である「生涯実効線量制限値」が設定されており、JAXAの場合は男性が600mSvから1200mSv、女性が600mSvから1100mSvと設定されている(初めて宇宙に出るときの年齢で、27~29歳、30~34歳、35~39歳、40歳以上と、男女ともに4段階に設定されている)。

しかし現状だと、月面探査はまだしも、火星有人探査は現地での1年間の活動を含めると、かなり厳しいと考えられており、そうした遠方への宇宙探査を実現するために被ばく線量をできる限り低減できる遮へい材料の研究が求められている。

宇宙放射線は高エネルギーの荷電粒子であるため、従来の宇宙船やISSの構造材料であるアルミニウムや金属材料では遮へい効果はあまり期待することができない。荷電粒子を止めやすい物質かどうかは、物質を構成する元素の電荷と質量数の比で決まる。ただし、宇宙船を鉛で作ればいいかというと、非常に重く、かつ脆いことから、宇宙船の構造材料としてはまったく適さないとされている。

単位密度当たりの阻止能を考えると、水素や水素を多く含む材料が荷電粒子を止めやすい遮へい材といえるという。また、宇宙放射線は宇宙船の壁や人体などに衝突して二次的に有害な中性子やガンマ線を発生させるが、二次放射線の生成量についても平均質量数の小さい物質の方が小さくなることもあるため、平均質量数が小さく水素を含む物質、たとえばポリエチレンや水などが、宇宙放射線の遮へいに適していると考えられるという。

しかし、現実的な宇宙空間での遮へいという視点では、ロケットによる打ち上げ可能な重量や体積には厳しい制約が課せられるのに加えて、宇宙放射線の遮へいのみを目的とした物資の輸送はコスト的に難しいといわざるを得ない。また、水はもとよりポリエチレンは変形しやすく強度的にも弱い材料であるため宇宙船素材として活用することは難しい。

こうした現状を踏まえ、研究チームは従来のアルミニウムに取って代わる構造体となり得る軽さと頑丈さや強靱さを持ち、かつ宇宙放射線の遮へい効果が高い素材の探索を実施したという。

近年、自動車や航空機に多く採用されている炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの複合材料は、機械的強度に優れるとともに金属材料に比べて軽量であることが利点であり、かつ構成される元素の平均質量数が比較的小さいため、宇宙放射線の遮へいに効果的であると予想されたことから、8種類の複合材料とアルミニウム(Al)、ならびにポリエチレン(PE)に対する宇宙放射線の遮へい性能の検証が行われた。

  • 宇宙放射線

    照射試験に使用された材料の一覧。略語は以下の通り。Al:アルミニウム、PE:ポリエチレン、PP:ポリプロピレン、SiC:炭化ケイ素、C:炭素、CF:カーボンファイバー、PI:ポリイミド、PEEK:ポリエーテルエーテルケトン、Epoxy:エポキシ。PP SiC20およびPP SiC40の20と40は、PP SiC複合材料中のSiCの体積含有率 (出所:量研Webサイト)

実験として、試験材料を2つの受動型線量計を交互に挟み込んだ照射体に、量研が所有する重粒子線がん治療装置HIMACを用いて宇宙放射線を模擬した粒子線(陽子、ヘリウム、酸素、シリコン、鉄)の照射を行い評価を実施したほか、得られた実験値を基準に、照射試験と同じ体系をコンピュータ上に再現してモンテカルロシミュレーションを用いて、宇宙空間で起こると想定される粒子線と試験材料との相互作用が計算されたところ、実験で示された複合材料の遮へい効果がシミュレーションでも再現され、複合材料はアルミニウムよりも30~60%程度優れた遮へい効果があることが判明したという。

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    (a)陽子線照射による試験材料厚さ(g/cm2)に対する相対線量の変化。(b)鉄イオン照射による試験材料厚さに対する鉄イオン数の変化。略称は画像1の一覧表の通り (出所:量研Webサイト)

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    鉄の粒子線を厚さ5g/cm2の材料試料で遮へいしたときの実効線量当量の低減割合をアルミニウムの場合とで比較した相対遮へい効果 (出所:量研Webサイト)

また、複合材料を宇宙船に適用した場合の宇宙放射線の遮へい効果を、かつてISSへの補給機として活躍した「こうのとり」の構造材料を複合材料(機械的強度に優れるCF/PEEK)に置き換えた上で評価したところ、遮へい厚さはCF/PEEKの方が薄い(質量換算で4割程度軽い)にもかかわらず、アルミニウムと同程度の遮へい率であることが確認されたという。

  • 宇宙放射線

    運用が終了したISS用補給機「こうのとり(HTV)」のモデル図。今回の研究では、「こうのとり」の補給キャリア与圧部分の構造材料をアルミニウムから複合材料(CF/PEEK)に置き換えて、内部の放射線環境がシミュレーションされた (出所:量研Webサイト)

さらに、単位面積当たりの質量が同じになるようにアルミニウムから複合材料に置き換えた場合では、CF/PEEKの遮へい効果はアルミニウムよりも2割程度高くなることも推計され、この場合では、宇宙空間での被ばく線量を5割程度低減することが可能になるという。

  • 宇宙放射線

    (a・b)補給船「こうのとり」内部の遮へい厚さの比較。アルミニウムとと複合材料では、それぞれの密度分だけ遮へい厚さに差があることが見て取れる。(c・d)遮へい材料がないときの被ばく線量との比較。アルミニウムと複合材料では厚さが同じ場合、同程度の遮へい効果であることがわかる。同じ厚さならそれだけ軽量化できる (出所:量研Webサイト)

今回の成果を踏まえ研究チームでは、複合材料を宇宙船の構造材料として用いることによって、放射線防護を目的とした遮へい材を追加で積載することなく、被ばく線量の低減が可能になると考えられるとしており、今後は、今回の研究で得られた知見を発展させるべく、さらに効果的な遮へい材料の検討や、宇宙放射線によるエラーに対して安全性の高い電子デバイスの開発に役立つ技術など、深宇宙有人探査を見据えて、宇宙放射線防護に係る研究開発を推進していくとしている。