理化学研究所(理研)は9月3日、ヒトの血液中にある新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する抗体の量(抗体価)を、30分程度で高感度測定できる「ウイルス・マイクロアレイ検出システム」を開発したと発表した。
同成果は、理研 開拓研究本部 伊藤ナノ医工学研究室の森島信裕 特別嘱託研究員、同・礒島隆史 専任研究委員、理研 創発物性科学研究センター 創発生体工学材料研究チームの柏木裕晴氏、同・秋元淳 研究員、同・小布 施聖 研究パートタイマーI、同・伊藤嘉浩チームリーダー(開拓研究本部 伊藤ナノ医工学研究室 主任研究員)らの研究チームによるもの。詳細は、日本化学会の欧文学術誌「Bulletin of the Chemical Society of Japan」に掲載された。
新型コロナに感染しているか、もしくはワクチン接種により抗体ができたかどうかの抗体検査は、指先から採血し、免疫クロマトグラフィー法によって行われているが、早ければ15分程度で結果が出てくるが、定性的なものであり、感度は十分とは言えないという課題がある。一方、精密な定量検査を行うためには、より多くの血液を採取し、検査センターに送って調べる必要があり、ある程度の日数を必要とするという精度と時間のトレードオフの関係がある。
伊藤チームリーダーらは2003年に、生体由来物質など、有機化合物であれば何でも基板に固定化できる技術「何でも固定化法」を開発したことを報告しており、その後の改良を経て2013年、さまざまなウイルスを固定化して免疫感染履歴を測定できるシステムを発表しているほか、2019年には、41種類のアレルゲンを固定化したチップを用いた特異的IgE検査キット「ドロップスクリーン」を開発したことを報告し、こちらは2020年2月より日本ケミファより発売されている。
今回の研究では、このシステムを用いて、新型コロナを構成するいくつかのタンパク質を基板上にマイクロアレイ固定化し、それらに対する抗体があるかどうかを自動的に測定できるシステムとして、ヒトの血液中にある新型コロナに対する抗体の量(抗体価)を迅速に測定できる「ウイルス・マイクロアレイ検出システム」が開発された。
ウイルス・マイクロアレイ検出システムでは、まずマイクロアレイチップが作製される。
具体的には今回は、新型コロナ内部にあるヌクレオカプシドタンパク質、表面にあるスパイクタンパク質の3つのセグメント(S1、S2、RBD)をそれぞれ固定化したマイクロアレイチップを作製。検体血清中に各ウイルスタンパク質に対する抗体があると結合して発光することを確認したという。その際の血液量は20μlほどでよく、また抗体量の測定時間は約30分ほどで、感度は免疫クロマトグラフィー法の約500倍ほどとなることを確認したという。
また、ヒト血清をチップに滴下してスイッチを押すだけで、反応、洗浄、検出という一連の工程を完全自動で行う仕組みを採用しており、実際の医療現場の負担を減らすことも可能なのではないかとしている。
実際に、新型コロナタンパク質に対するウサギの抗体(免疫グロブリンG、IgG)と、感染回復患者4人の抗体(IgG)の検出を行ったところ、固定化されたタンパク質が特異的に抗体を認識できることが確認されたほか、感染回復患者のIgGの定量されたとする。また、新型コロナのスパイクタンパク質のRBDへの抗体が、2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)のコロナウイルス(SARS-CoV)のスパイクタンパク質のRBDを認識しないことが最近報告されたことを受けて調べたところ、同システムにて、それを確認できたという。この結果について研究チームでは、両RBDのアミノ酸配列の違いが全体の約30%におよび、それにより免疫応答に違いが現れたことを示していると述べている。
研究チームでは、ウイルス・マイクロアレイ検出システムが実用化されれば、医療現場での精密検査が可能になることから、ワクチン接種の必要性などをその場で容易に判断できるとともに、将来のパンデミックに備えた疫学調査も容易に行えるようになるものと期待できるとしている。