物質・材料研究機構(NIMS)と東京工業大学(東工大)は8月30日、水素社会における基盤技術と位置付けられる金属水素化物の探索において、母体金属の硬さが金属の水素化物形成能の支配因子であることを発見し、水素を吸蔵させるには母体金属が軟らかいことが必要であるとの結論を得たと発表した。
同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 電子活性材料チームの細野秀雄特別フェロー(東工大 栄誉教授)、同・溝口拓特別研究員、および朴相源外来研究者らの研究チームによるもの。詳細は、米化学会が刊行する学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
水素社会の本格到来のためには、水素の貯蔵ならびに輸送技術を発達させる必要がある。その方向性は2つで、1つがアンモニアなど、水素キャリアを活用するというもの。もう1つが、金属水素化物(水素吸蔵合金)に吸収させるという方法であるが、それぞれ一長一短があり、実用化にはさらなる研究開発を進める必要があるのが現状となっている。
金属水素化物の場合、水素の貯蔵および輸送だけでなく、バッテリーや水素透過といった技術への応用でも期待されているが、実はその探索指針はまだ不明なため、現在は試行錯誤で材料開発がなされているという。
金属水素化物の化学結合様式は、その原料金属の電気陰性度に依存することが分かっており、主にイオン性水素化物、イオン性と共有性を併せ持つ化学結合からなる遷移金属水素化物固体、そして共有結合性の水素化物分子の3種類に分類されるほか、例外的に貴金属であるパラジウム(Pd)のみは水素化物を生成することが知られている。
パラジウムは水素を吸蔵しても、靭性の低下から機械的強度が劣化してしまう「水素脆性」が小さいため高コストにも関わらず、水素透過材料として実用に供せられており、このパラジウムの物理的特異性の原因を解明できれば、新たに廉価な水素機能性金属系材料の開発のヒントが得られると期待されているという。
そこで研究チームは今回、多くの金属、合金、金属間化合物を合成し、電気陰性度に相当する知見を得るために、「仕事関数」の実験的評価を実施したほか、その水素吸蔵特性の有無についての実験的な確認も実施。固体内での化学結合に関する知見を得るため、母体金属、金属間化合物、およびそれらの水素化物における電子構造の評価を実施したところ、以下の5点の結果を得られたという。
1つ目は、第一原理計算を用いてパラジウム水素化物の特異性が明らかにされたこと。金属/水素間の強い共有結合を特徴とする化合物のほとんどは、分子状水素化物を形成するが、パラジウムの水素化物は、共有結合からなる物質にも関わらず、例外的に固体状態を保持することが可能であることが示された。
2つ目は、代表的な水素吸蔵金属間化合物において、水素吸蔵時の、各元素の酸化数の変化が詳細に調査された結果、水素の酸化数と母体金属の仕事関数の間の相関が確認されたことだという。
3つ目は、遷移金属はその最外殻d軌道を用いて水素との結合性相互作用を生じ、固体水素化物を形成する。そのため、d軌道が完全占有され閉殻電子構造を持つ銅族金属などは、水素化物を形成しないということが示されたという点。
4つ目は、パラジウムはニッケル族元素だが、ニッケルや白金との水素化の違いを、電子構造計算から得られた「弾性率」の違いから説明することに成功したという点。もっとも軟らかいパラジウムのみが、水素化物を形成できることが判明したという。
そして5つ目が、硬さに基づく水素化の判定指標は、金属、合金だけでなく、水素吸蔵金属間化合物にも適用できることが明らかにされたという点。約180GPa以下の弾性率を持つ軟らかい物質は、水素化物の生成が可能になるという結果は、水素化物の生成の有無が、母体金属の局所構造の硬さという単純なパラメータに依存することを示しているが、酸化物、窒化物、硫化物などの生成には、このような因子は考慮されておらず、水素化物生成の特異性といえるとしている。
なお、今回の成果について研究チームは、新たな合金、金属間化合物の水素吸蔵の可否の迅速な判定を可能にすることにつながることが期待されるとしている。そのため現在、今回の手法の有効性、適用範囲をさらに確認している段階にあり、今後、廉価でかつ安定供給が見込める元素をもとに、水素透過や水素吸蔵といった水素関連機能を有する金属間化合物の開発を進めていくとしている。