英国に本拠を置く半導体市場動向調査会社Omdiaの日本法人は8月、「今後のカギを握るグローバル半導体サプライチェーンの在り方」と題するオンラインセミナーを開催し、Omdiaが招いた3人の識者を招いてパネルディスカッションが行われた。
登壇したのは以下の3名。
- 浜島雅彦氏(SEMI Japan代表、元東京エレクトロン執行役員)
- 鈴木一人氏(東京大学政策大学院教授、経産省の半導体・デジタル産業戦略検討会議メンバー)
- 小柴満信氏(経済同友会副代表幹事、JSR名誉会長)
司会の問いに対して3人の識者は以下のように答えている。
Q:半導体のサプライチェーンはどのように変化するか?
鈴木氏:「現在、長期的な地政学的問題と短期的な需給ひっ迫問題の2つが重なって起きている。半導体は投資額が大きく、短期的な需給変化にあわせて製造能力を伸縮できない供給側の硬直性と地政学的な不確実性がある。将来的に米中デカップリングは長引き、地政学的対立は10年近く続くと考えている。米国は半導体をいわば武器として使い中国を市場から外そうとしている。アメリカ勢が欧州で新工場を造るといっても収益があがる工場を運営するのは難しい。いずれどこかでいままでのようなグローバルな分業体制がさらに進化するだろう」
浜島氏:「地政学的な理由で、ルールがかわることが重要な変化点だと思われる。技術的な変化点だった300mmウェハ開発の時とはちがって、技術的にはあまり変わらない。しかし、EUVの例でわかるように今後はBetterではなくMust(必須)な製品の開発が重要になろう。いままで、デバイスメーカーと装置メーカーは協業してきたが、これからは装置メーカー、サブコンポーネント、材料メーカーとの協業が起きやすくなると思われる」
小柴氏:「経済同友会国際関係員会で注目しているのが、世界の覇権争いである。これが60-70年サイクルで起きた。今は、軍事力というより経済や先端技術が武器化している。国家安全保障の問題なので産業界がたてつくわけにはいかない状況である。半導体はそのど真ん中にいる。過去の例から覇権争いは10~15年続くだろう。各国のご都合主義がはびこる傾向にある」
小柴氏:「米国が声高に叫ぶ半導体製造強化での不都合な真実は、SEMIも言ってるように失業率が低く、労働者確保が難しいということである。高度な製造技術者や労働者は補助金をだしても確保できない。人材不足の問題はお金で解決できない」
Q:米中分断で日本にとって最悪のシナリオは何か?
鈴木氏:「日本にとってのワーストシナリオは、米中の板挟みになることである。米国が中国に圧力をかけて素材や装置の中国への輸出を禁ずると中国は外国制裁法を外国企業に適用する。日本は中国市場を取るか北米市場を取るかの選択を迫られる。両方から敵視されるのは日本にとって望ましくはない。両方の市場を失うことが最悪のシナリオということである」
鈴木氏:「グローバルには、その延長として、米中の対立が激しくなって中国が孤立した状態になり、独自の国内生産と技術開発を高めようとするから、中国一人勝ちを生み出す可能性がある。中国が他を圧倒するようになると、中国に首根っこを押さえられる。米中対立で中国の競争力強化が一番懸念される」
浜島氏:「中国に積極的に売っていいのかどうかという悩みは装置メーカーから聞いている。うまくやっていかないといけない。情報を正しくとるとともに情報発信していくことが重要となろう。半導体不足が加速し、今まではグローバルなマーケットで水平分業が成り立っていたが、今後はそれができないと製造コストが高くなり開発スピード遅くなる悪影響出てくる。デバイスが足りず納期が長くなるということで、2017年から模倣品問題が顕在化してきている。このため、サプライチェーンの認証をきちんとやる作業が必要である。グローバルサプライチェーンの信頼を担保し認証するサービスという新たなビジネスが生まれる可能性もある」
Q:経済産業省の韓国向け輸出管理強化で、JSRのレジストがやり玉挙げられた経験を踏まえて、小柴氏のワーストシナリオは?
小柴:「日韓の件を含めて、企業としてはサステイナビリティとかレジリエンスをしっかり考える必要がある。拠点の複数化や意思決定の分散化など、すべて東京中心で考えるのを改める必要があるということである。半導体業界にいると半導体がすべてに見えるが、閉じた世界にいるだけで、実際は違う。米ソの冷戦時代と比べると、米中は経済的結び付きが強くて、デカップリグするケースとしないケースがある。それは業界によって違う。例えば、Teslaが中国でクルマ作っても誰も問題にしない」
小柴氏:「ワーストシナリオは、アメリカ中間選挙とトランプの復権だと思う。日本としてはデカップリングの保険はアライアンスを含めて国際協調である。トランプ再登場でアライアンスが崩れてデカップリングの影響がもろに日本に降りかかるのが最悪ケースである」
Q:中国企業や中国市場とどのように付き合うべきか?
小柴氏:「JSRのような素材企業にとって、半導体材料は輸出制限があっても、ディスプレイ材料はまったく規制がない。ライフサイエンスは最先端でないところで十分な商売ができる。事業のポートフォリオが重要である。米中デカップリングで企業の境界条件が増えてくる。それを理解してリスクをどこまで取れるかをいつも考えることが必要である。リスクをよく考えて中国市場を狙う必要がある」
浜島氏:「技術流失が懸念されるが、中国の市場規模を見ればビジネスに参加しない選択肢はない。したたかに参入するしかない。先端を走る必要もある。グローバルなルール形成に関与して発信する必要もある。例えば、カーボンニュートラルの世界的なルール形成に参画することが結局は売り上げ向上につながる」
鈴木氏:「アメリカは中国を切り離せない。米国企業も中国市場を無視できない。最先端とそうでない2つの世界、2つの中国が形成される。どこで2つの世界の線引きをするかをよく見極める必要がある。国家安全保障に引っかかるかどうかを見て、規制のあるものとないものを区別するセンスを磨く必要がある。グレーゾーンは警戒する、人民解放軍とのかかわりのある黒い部分は手控える、といった危険察知のセンスが重要となる」