東北大学は8月25日、厚さ2nmで縦横1μmの小型半導体薄膜センサを作成し、その表面にパイ電子共役系分子として注目されている「銅フタロシアニン分子」を吸着させ、特定のエネルギーを持つ光の場合にのみ光応答電流が観測されることを見出したことを発表した。

同成果は、東北大 多元物質科学研究所の米田忠弘教授、同・高岡毅講師、産業技術総合研究所 デバイス技術研究部門の安藤淳研究部門付らの共同研究チームによるもの。詳細は、英王立化学会が発行する学術誌「RSC Advances」に掲載された。

気体や液体中に存在する分子種を特定するための測定装置としては、さまざまなものが提案されており、それぞれ優れたところがあるが、その一方である共通した課題もある。分光用機器や強磁場発生装置、分子抽出用カラムなど、スペースを占有する機器が不可欠であり、全体として大型の装置となってしまうという点である。

また、分子には結合した原子同士の関係による電子の軌道(分子軌道)が存在し、「最高被占軌道」(HOMO)と「最低空軌道」(LUMO)のエネルギー差(ΔE)に等しいエネルギーを持つ光を吸収すると、HOMOには正電荷を持つ正孔が、LUMOには負電荷を持つ電子が生成されることが知られている。もし、この正孔と電子を電気信号として測定できれば、分子に照射する光のエネルギーを掃引したときに、ちょうど光のエネルギーがΔEに等しい場合にのみ、電気信号が検出できることになることから、分子に特有のHOMOとLUMOのエネルギー差(ΔE)を求めることができ、さらに分子を特定することが可能となるという。

  • 分子センサ

    分子が、HOMOとLUMOのエネルギー差に等しい光を吸収すると、HOMOには正電荷を持つ正孔が、LUMOには負電荷を持つ電子が生成される (出所:東北大プレスリリースPDF)

実験的に、機械的剥離により作成された二硫化モリブデン(MoS2)3層からなる厚さ約2nmの原子層薄膜(縦横1μm四方ほど)をシリコン酸化膜上に配置したほか、MoS2原子層薄膜の両端にチタン電極を蒸着させることによって、MoS2電界効果トランジスタ(FET)を作成し、センサとしての機能の調査が行われたところ、電流変化から分子種を判断することが難しいことが分かってきたという。

  • 分子センサ

    MoS2FETに銅フタロシアニン分子を吸着させ、1.76eVの光を照射すると、光応答電流が観測される。(出所:東北大プレスリリースPDF)

そこで、今回の実験では、新たに光と組み合わせることで「特定のエネルギーを持つ光を照射したときの光応答電流を測定する」という手法を用いて分子の性質を検出することに挑んだという。

ターゲット分子としては、青色顔料としても広く使われているが、電子材料(パイ電子共役分子)としても注目されている「銅フタロシアニン分子」を採用。銅フタロシアニン分子を吸着させたMoS2原子層薄膜に対し、さまざまなエネルギーを持つ光を照射したときの光応答電流を観測するという実験が実施されたところ、1.76eVの光を用いると、銅フタロシアニン分子が吸着している場合にのみ光応答電流が観測されたという。

  • 分子センサ

    銅フタロシアニン分子が吸着する前と吸着した後の光応答電流 (出所:東北大プレスリリースPDF)

1.76eVは、MoS2原子層薄膜に吸着した銅フタロシアニン分子のΔE(HOMO-LUMOの差)に相当すると考えられることから、今回の実験によって、分子を吸着させたMoS2原子層薄膜に、分子特有のエネルギーを持つ光を照射すると、光応答電流が発生する、ということが示されたと研究チームでは説明する。

今回の成果を踏まえ研究チームでは今後、さまざまな分子に対するそれぞれに特有のエネルギーを調べることにより、電気的に簡便に分子を特定できる新たなセンシングシステムの開発が可能になるとしている。

なお、この技術は発展していくと、ウェアラブルデバイスや体内埋め込み型デバイスで、日常生活において体内の種々の微量化学物質を常時モニタリングできるようになるため、さまざまな疾患の予防や早期発見が可能となると期待されるほか、生活環境雰囲気下に存在する有害な揮発性有機分子や二酸化炭素などの高感度検出、農業生産性の向上に不可欠な植物生育状態のモニタリングなど、喫緊の社会問題を解決できる可能性があると研究チームでは説明している。