花王といえば、洗濯洗剤の「アタック」シリーズやスキンケアブランドの「ビオレ」などBtoC向けの製品のイメージが強いと思うが、実は売り上げの約20%は産業分野向けに化学製品を扱うケミカル事業が占めている。
そのケミカル事業部が2020年12月にアスファルト改質剤「ニュートラック5000」を発売した。同製品はすでに、2021年1月にウエルシア薬局が運営する新店舗「ウエルシア藤沢用田店」に採用されたほか、同年3月には静岡県磐田市の公道に採用されたという。
ニュートラック5000は舗装に対して1%配合するだけで、舗装の耐久性を約5倍向上させることに加え、配合により強度が増すことで舗装からの粉塵の発生を抑える効果や、舗装した際の黒い発色が持続するため、白線の視認性が高くなることから安全走行への寄与も見出されているという。
近い将来予測されている全自動運転時代には、手動運転と比較して、車輪が同じ場所を通ることが多くなることから、アスファルト舗装の劣化速度が速まると考えられ、今以上に道路の高耐久性が求められるため、舗装の耐久性を向上させる同製品への注目が高まると考えられる。
また、同製品の原料がペットボトルといった“廃棄されたPET素材”という点でも注目を集めている。
なぜなら、これまでにも廃PETの処理を目的として、アスファルト舗装内に廃PETをそのまま砕いて混ぜ込む事例はあったが、廃PETの活用にはなるものの、舗装の耐久性向上には繋がらなかったためだ。
同社では、道路施工会社からの「固まりやすいが、耐久性の低いアスファルトにコンクリート並みの強度を持たせてほしい」というリクエストを受けアスファルト改質剤の研究を2014年から開始。舗装の耐久性の向上については、原料などを含め研究が進められてきたという。
しかし、2019年に同社が環境や社会により配慮した「ESG視点でのよきモノづくり」を一層強化した経営へと舵をきったことにより、“アスファルト改質剤も、より環境に貢献できる製品にできないか”という議論が始まり、アスファルト改質剤の原料と構造が類似している産業廃棄物となったPET素材に着目した研究が始まったのだという。
「アスファルト改質剤の原料を廃PETに置き換える」というミッションが始まった2019年ころ、研究メンバーに加わったのが同社テクノケミカル研究所の秋野研究員だった。
秋野研究員は、研究メンバーに加わるきっかけを「アスファルト舗装の構成要素の90%を占める石や砂の研究を、コンクリート用添加剤の開発に携わっていた際に行っていたことや、アジアの開発途上国への赴任経験があり海外のインフラ事情に精通していたことから、グローバル展開を見据えた研究開発の推進力になることを期待してお声がけ頂けたのかと思います」と振り返る。
廃PETを単純に置き換えるだけだと高耐久性は実現できないため、秋野研究員と研究チームは改めて基礎的なところから廃PETについて研究を行い、パートナーとして道路施工会社が、度重なる実証実験に協力しながら性能評価を繰り返したという。
秋野研究員は「アスファルトおよび石・砂は天然材料であり、産地やロットの違いで、組成・物性振れが生じます。この振れを考慮しながら、正しい評価軸を確立することに試行錯誤しました。この材料変動に強く、お客様が現場で扱いやすい改質剤の設計をするのに、様々な工夫が必要であり、最も時間を要しました」と開発にあたり、一番苦労した部分を説明する。
研究チームの試行錯誤の結果、ついに100平方メートルあたり、500mlペットボトル1430本相当を再利用しながらも舗装に対してわずか1%配合することで舗装の耐久性を従来比で約5倍向上させるアスファルト改質剤「ニュートラック5000」の開発に成功した。
今後の展望について「我々が対象とするアスファルト舗装は誰もが使用し、皆さまに見える形であらゆる場所に存在し続けます。そのようなスケールの大きい市場の根幹に携われることに強い使命感を感じますし、安心・安全な舗装を提供し続けられるのかと常に緊張感が伴います。今後は“廃PETで強い道路をつくる”という我々の技術が、日本のみならず世界中に浸透し、未だ高耐久舗装の認識が薄い、アジアをはじめとする開発途上国のインフラ市場を変えていきたいと思います」と秋野研究員は語ってくれた。
耐久性や粉塵発生の低減、白線の視認性向上などさまざまな機能を持つだけでなく、廃PETの活用というリサイクルへの貢献も可能なニュートラック5000。公道に同製品を採用した静岡県磐田市とは、市内から出る廃PETを回収してニュートラック 5000の原料とする検討も協働して開始しているといい、今後の動向に注目が高まる。