物質・材料研究機構(NIMS)は8月5日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の簡易診断用の材料としてスマートポリマーを用いた「Smart Cov」を開発し、簡易抗原検査の感度を従来法に比べて約10倍に向上させることに成功したと発表した。
同成果は、NIMS 機能性材料研究拠点 スマートポリマーグループの荏原充宏グループリーダー、同・Ahmed Nabil博士研究員、エジプト肝臓病センターのGamal Shiha病院長らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、生命・生物に関わる全般を扱った学術誌「Computational and Structural Biotechnology Journal」に掲載された。
新型コロナ感染症(COVID-19)の診断方法として、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いた遺伝子検出法が行われているが、使用する装置が高価なため、必ずしも途上国などで簡便に検査ができない点が課題となっている。
一方、抗原検査は簡便かつ迅速(15~30分)に検査結果がわかるため、世界中どこでも誰でも利用可能だが、特に鼻腔や咽頭の拭い液を用いる場合の検出感度の低さが問題となっており、より高感度かつ偽陽性が出にくく、簡便かつ迅速に検査結果のわかる診断方法が求められている。
今回の研究では、新型コロナ診断における偽陰性判定の頻度を下げることを目的とし、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の抗原である「ヌクレオシドタンパク質」(Nタンパク質)を濃縮・精製する技術の開発が行われた。
従来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の簡易診断イムノクロマトグラフィ法では、抗原濃度が100pg/mLを下回ると、通常の方法では陽性・陰性を目視で判断するのが難しいとされている。
そこで今回は、熱や光、pH、磁場など、さまざまな刺激に応答して、その性質を変化させる高分子材料「スマートポリマー」の1種で、温度応答性のポリマーで、温度に応答して水への溶解性(親水性・疎水性)を劇的に変化させるという性質を持つ「poly(N-isopropylacrylamide-co-2-hydroxyisopropylacrylamide-co-strained alkyne isopropylacrylamide)」が用いられた。
また特殊な官能基の「アルキン基」と、SARS-CoV-2のNタンパク質を補足する抗体として別の官能基の「アジド基」を導入。合成したスマートポリマーを抗体と反応させたところ、尿中や唾液中、血清中、あるいは泥水中などでもちゃんと進行することが確認されたという。
この特殊なポリマーと、SARS-CoV-2の抗原を補足する抗体に、異なる特殊な官能基(原子団)をそれぞれあらかじめ導入しておき、クリック反応によってつないで作った新しい抗体は「Smart Cov」という通称がつけられた。
そして、このSmart Covを用いて体温付近(37℃)で5分間遠心分離を行い、偽陰性の原因となる夾雑物質の除去を行うと同時に、抗原を6倍程度に濃縮することに成功したという。
この濃縮した抗原についてイムノクロマトグラフィー法が行われたところ、これまで目視では判断が難しかった50pg/mL以下の抗原濃度でも陽性ラインを目視できるようになったという。
今回の開発されたSmart Covを用いることで、自宅で30分程度の検査でも高感度でSARS-CoV-2の診断が可能となり、偽陰性患者による感染拡大を抑えることが期待できると研究チームでは説明しているほか、Smart Cov法は抗原検査のみならず、PRC検査にも適応可能なため、検査薬の種類やサンプル採取法、手技などに依存した感度のばらつきを解消する手段として期待できるとしている。
なお研究チームは現在、実際の新型コロナ患者のサンプルを用いたSmart Cov法の検証を計画しており、自宅で30分程度の検査で高感度・低陰性で新型コロナの診断が可能なキットの実用化を目指すとしている。