千葉工業大学(千葉工大)は8月2日、予想されていたよりも乾燥した状態だった小惑星「リュウグウ」の「衝突乾燥説」を、2019年に新たに開発された高速度衝突実験を用いて放出されたガスの組成と量を実測することで検証した結果、天体衝突時の加熱による脱ガス量は事前予測値の10%程度であり、衝突脱ガスは従来の想定よりも起こりにくいことが明らかとなり、衝突乾燥説でリュウグウの半乾きを説明することは困難であることを示唆する結果となったと発表した。
同成果は、千葉工大 惑星探査研究センター(PERC)の黒澤耕介上席研究員を中心に、広島大学、伊・ダヌンツィオ大学らの研究者も加わった国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の地球・環境・惑星科学を扱う学術誌「Communications Earth & Environment」にオンライン掲載された。
探査機「はやぶさ2」がサンプルリターンを成功させた小惑星リュウグウは、「炭素質小惑星」または「C型小惑星」と呼ばれるグループに属しており、このC型小惑星は炭素質隕石の母天体であると想定されている。
炭素質隕石は水分をおよそ10%、炭素をおよそ3%の質量割合で含んでいるが、リュウグウの観察データからは、そうした炭素質隕石に比べてガスを保持している成分(揮発性成分)に乏しい状態であることが明らかとなった。その反射スペクトルは、実験室において、揮発性成分をある程度失うまで加熱によって乾燥させられた炭素質隕石に近いことから、リュウグウ表面物質は半乾き状態であることが判明した。
リュウグウは、直径100kmほどの母天体から生じた小天体であると考えられている。それも考慮に入れた上で、リュウグウが揮発性成分に乏しい理由としては、内部熱源乾燥説、衝突乾燥説、彗星様物質説の3つの仮説が提案されている。
この3つの仮説のうちで、実は衝突乾燥説には問題があることが判明している。そこで研究チームは今回、2019年に開発された二段式軽ガス衝撃銃を用いる新しい実験手法を用いて衝突乾燥説の新たな検証を行うことにしたという。同手法であれば、衝撃銃が酸化アルミニウム製の飛翔体を発射した際に発生してしまう火薬燃焼ガスによる化学汚染を避けられるため、天然の天体衝突とまったく同じ幾何学条件で実験を行うことが可能とされている。
また、衝突される側の素材をどうするか、ということについては、リュウグウから得られたサンプルやそれに近い炭素質隕石などは貴重なため、今回の実験で消費するのは難しいことから、今回の実験では、代表的な炭素質隕石であるオルゲイユ隕石を模して作られた市販の炭素質隕石模擬粉末を使用することにしたという。
この粉末をペレット状に成型しリュウグウ模擬標的を作成。酸化アルミニウムの飛翔体をリュウグウ模擬標的に衝突させ、発生したガスの化学組成と量が計測された。
その結果。すべてのショットで最も多く放出されたガスはCO2で、全体の50%以上を占めていたという。ただし、その放出量は想定よりも低く、飛翔体質量の2%以下にとどまったとするほか、リュウグウ模擬試料は質量の半分以上が構造中に水を含む含水鉱物だが、水蒸気は検出されなかったという。
このほかに放出されたガスは水素、メタン、一酸化炭素、硫化水素で、そのCO2に対する量比は衝突速度を変えてもほとんど変化しないことが確認されたともしている。
これらの結果は、炭素質小惑星の構成物質の衝突脱ガスは従来の想定よりも起こりにくいこと、衝撃を受けた領域からは炭素がCO2として抜けるため、残った固体は相対的に少し硫黄に富むことを示唆しているとする。
さらに「iSALE」と呼ばれる数値衝突計算コードを用いて、今回の高速度衝突の条件がどのような天体衝突を再現しているのか、そして実験では計測できない試料中における温度上昇の程度についての調査も実施。
それらの結果などを踏まえ、研究チームはもっともよく説明できるモデルとして、衝突点近くでは数値衝突計算では現れないエネルギーの局在が発生し、~1000℃にも及ぶ局所高温領域が生成され、その周辺でのみ揮発性成分が放出される、というものを提唱している。
なお、今回の研究成果は、小惑星帯における典型的な衝突程度の加熱では、たとえ衝突直下点であろうとも揮発性成分がほとんど失われないことが明らかにされ、衝突乾燥説のみではリュウグウが半乾きになったことを説明できないことが示されたという。
今回の論文の筆頭著者である黒澤上席研究員は、リュウグウ試料の初期分析チームにも所属しており、今回の実験で得られた知見について、リュウグウ試料の分析結果を解釈する際に提供する予定としている。