モバイル向けのGPUコアベンダーとしてのイメージが強い「Imagination Technologies(IMG)」。

さまざまな変遷を経て、現在はモバイル分野のみならず自動車分野でも強みを発揮するようになっており、実にグローバルの自動車向けGPU IP市場では43%のシェアを持つという。

今回、2020年11月に同社の代表取締役に就任した内村浩幸社長に話を聞く機会をいただいたので、同社の現在の主力製品や強み、そしてそれらを支えるコアテクノロジーについて伺ってみた。

内村社長は、1984年に日立マイクロコンピュータエンジニアリング(現:日立超LSIシステムズ)に入社後、日立の半導体事業部でコンシューマ用LSIの技術営業、商品企画などに従事、コンシューマグループの担当リーダーを務めた後、1999年にアームに移り、取締役セールスディレクター、取締役マネージングディレクターを歴任。その後、2010年にテンシリカに入社し、セールスディレクター、代表取締役を務めた。2013年にCadence Design SystemsがTensilica(テンシリカ本社)を買収したのに際し、日本ケイデンスに移籍。2016年アルテリスに入社し、カントリーマネジャーを経験した後、2020年7月にIMGに入社、シニアセールスディレクターを務め、同年11月に代表取締役に就任するといった、一貫して半導体IP畑を歩んできた人物である。

GPU IPを中心に3つの領域に注力

現在のIMGの主力製品群だが、3つファミリに分かれているという。

1つ目は、25年以上の実績があるGPU IP「PowerVR」ファミリだ。

家庭用ゲーム機やスマートフォンといった携帯機器に幅広く採用され、エントリーからミッドレンジ、ハイエンドまで広いニーズに対応している。近年、自動車でも液晶パネルを活用した表現力の強化などのニーズから、車載対応も進めており、自動車用の機能安全規格ASIL-Bもサポートするようになっている。

2021年中に発表予定の新たなGPU IPでは、リアルタイムレイトレーシング技術が搭載される予定だという。レイトレーシング技術は、GPU上で影や光の反射を計算し、レンダリングすることで、反射などの表現を別途プログラミングすることなく実現することが可能な技術。すでに他社の事例だが、PC向けディスクリートGPUなどでは搭載製品も登場しており、IMGのGPU IPで利用可能になれば、スマホなどでも手軽に活用することができるようになることが期待される。

  • レイトレーシング技術

    レイトレーシング技術を用いたグラフィックの比較。左がレイトレーシングなしで、右がレイトレーシングあり。反射表現ができていることがわかる(提供:IMG)

モバイルなどのコンシューマ向けに展開を予定しているが、今後はBIM(Building Information Modeling)などの産業用途にも対応していきたいという。

2つ目は、ニューラルネットワークに特化したアクセラレータである「NNA(Neural Network Accelerator)」製品だ。2017年に第1世代NNA「PowerVR 2NX」を発売して以降、機能強化を進め、現在では「IMG 4NX」が最新製品となっている。

4NXでは、1コアで12.5TOPS、マルチコア化しクラスタとして構成することで500TOPSまで実現可能だという。低消費電力や、レイテンシの低さなどを特徴としており、ASIL-Bにも対応が可能だ。

3つ目は「Ethernet Packet Processor(EPP)」で、コンフィグレーションで対応する速度を変えることが可能で100Gbpsまで対応が可能。こちらもASIL-Bに対応している。

かつては、デジタルラジオ向けIPなど、さまざまなIPの提供をしていた同社だが、それらは順次売却され、「戦える3つの製品が残った」(内村社長)と現在の同社の体制を説明する。

強みとなった自動車向けビジネス

同社がターゲットとしているマーケットは大きく分けて、モバイル、コンシューマ、自動車、データセンターの4つ。2020年度の収益は1億2500万ドルで、前年度比で約40%増と大きく伸長したという。

グローバルではモバイル向けGPUのマーケットシェアを約36%獲得しており、モバイル領域での存在感を発揮しているが、日本市場としては自動車分野に注力しており、国内の収益もほとんどが自動車関連だという。

前述のとおり、グローバルな車載用GPUコア市場の43%を同社が占めており、例えばTexas Instruments(TI)の車載インフォテイメントシステム向けSoC「Jacinto 6」ファミリやルネサス エレクトロニクスの自動車用SoC「R-Car」シリーズ、ソシオネクストのグラフィックス・ディスプレー・コントローラIC「SC1810」シリーズなどにも採用されているという。

  • 自動車での活用

    自動車向けSoC/ICにおけるIMGのGPU採用事例 (提供:IMG)

自動車では、インスツルメントパネル(インパネ)やIVI(in-vehicle infotainment:次世代車載情報通信)などを中心に採用が進んでいるという。

海外ではすでにADAS(Advanced Driver-Assistance Systems:先進運転支援システム)への採用も進んでいるが、日本ではこれからADAS分野での採用が進んでいく想定だとしている。

コアテクノロジー「TBDR」

同社のGPU IPの最大の特徴は「Tile Base Deferred Rendering(TBDR)」と呼ばれる手法を採用している点だ。描画処理をタイルベースで行う「Tile Based Rendering」、対象となるオブジェクトが関わっている領域のみを処理する「Tiling & Culling」、例えばモノが重なっている部分などの表示する必要のない部分の処理を行わない「Deferred Rendering」の3つの技術を組み合わせて、電力効率、バンド幅を最大限効率よく処理できるようにしているという。

  • Tile Base Deferred Rendering

    TBDR技術の概要 (提供:IMG)

内村社長は「この技術があるからこそ、GPUとしての存在感を発揮できる」と説明する。

そして、この技術を採用したGPUであるPowerVRシリーズは、2019年にそれまでの「Series 7」、「Series 8」、「Series 9」といった数字で表記してきたシリーズ名を、より顧客にわかりやすくすることを目的に刷新を行った。

各製品は世代を表すアルファベットが頭に付くこととなる。2019年に発表されたのはA-Series、で、2020年にはB-Series、と今後、順次C、D……と世代が更新されていく予定だという。世代の後ろにはさらに2文字のアルファベットが続く。XEがローエンド/エントリーモデル向け、XMがミッドレンジモデル向け、XTがハイエンドモデル(TはTOPの頭文字)向け、そして自動車向けXS(がSはSafetyの頭文字)となっている。アルファベット3文字の後ろには「1-16」といった2種類の数字が続く。最初の数字は描画性能で、1であれば1画素/サイクル、後ろの数字は16であれば32ビットFPで16Flops/クロックの演算性能を表しているという。

また、商品名の最後にMCがつく場合があるが、それはマルチコア構成が可能なGPUであることを示している。

自動車市場に注力する中で、現在進んでいる自動運転に対応するためには500TOPSを超える性能が求められると予測し、同社ではGPUやNNAでマルチコア対応進めているのに加え、トータルの性能を上げるために、マルチクラスタソリューション(1つのクラスタを複数のコアで構成し、クラスタも複数で構成する)の提案も推進しているという。

日本が世界をリードできるように技術面での支援を目指す

IMGの製品は、MCU(Micro Controller Unit)などにも採用実績があることから、今後はロボットや産業機器での活用も進めていきたいと内村氏は語る。

また、同氏は日本法人のトップの立場として、「日本から本社に対していろいろな技術要求を出していき、それが採用されて日本や世界で活用できるような状況を作りたい。日本で自動車以外のキラーアプリをIMGの技術で対応し、世界をリードできるようになれば嬉しい」と、目指す方向性を示してくれた。

なお、2021年中にも新たなGPUを発表予定だという。モバイル分野のみならず、新たな市場開拓を積極的に進めるIMGの今後の動向に注目したい。