理化学研究所(理研)は7月21日、水の「ナノメートル空間」で観測される非弾性X線散乱スペクトルの中に「ファノ効果」と呼ばれる干渉効果に似た相互作用が現れることを発見したと発表した。

同成果は、理研 放射光科学研究センター 利用技術開拓研究部門 物質ダイナミクス研究グループのアルフレッド・バロン グループディレクター、同・石川大介客員研究員らの研究チームによるもの。詳細は、日本物理学会の敢行する英文学術誌「Journal of the Physical Society of Japan」に掲載された。

水は地球に棲む生物にとって重要な物質だが、その物質としての性質にはわかっていないことも多い。その謎の1つが一辺が1~10nmほどの極小空間で構成される「ナノメートル空間」における水の運動だという。このような微小空間において、水は連続体の運動として記述できるのか、それとも連続体としての近似はもはや成り立たず、個々の水分子の離散的な分布(最近接の分子間距離:約0.28nm)を考慮した運動を考えなければならないのか、わかっていなかったという。

これまでの研究からは、観測する空間スケールを細かくしていくと、水の運動には何らかの新しいモード(運動のパターン)が現れることが示唆されていたが、それらの実験結果の解析や解釈について、統一的な見解が得られていないという状況でもあったという。

そこで研究チームは今回、大型放射光施設「SPring-8」に設置されている「高分解能非弾性X線散乱スペクトロメータ」を用いて、1meV以下という、高い精度でナノメートル空間における水の集団運動を観測することにしたという。

  • ファノ効果

    SPring-8に設置されている高分解能非弾性X線散乱スペクトロメータの外観 (出所:理研Webサイト)

測定の結果、2つのことが明らかになったとした。1つは、これまで考えられていたよりも広い空間まで、水分子サイズの効果に起因する「粘弾性効果」が働いていたということが確認されたということ。これは、従来の認識よりも大きな水分子集団が弾性体としての性質を持つことを示しているという。

そしてもう1つは、これまで必要だと考えられてきた新しいモードは実は不要だったということ。新しいモードと考えられてきたものは、「ファノ効果」と呼ばれる水のダイナミクスの干渉効果に関係していたことが、非弾性散乱スペクトルの解析から判明したという。

  • ファノ効果

    ナノメートル空間で観測された水の集団運動の相互作用。ナノメートル空間で観測された水の高分解能非弾性X線散乱スペクトル。拡散(ランダム)モード(赤破線)と音響モード(灰色)に加えて、新たにその2つのモード間の相互作用(ピンク色)の成分を取り入れることで、実験結果をよりシンプルなモデルでうまく説明できることが明らかになったという (出所:理研Webサイト)

ファノ効果とは、凝縮系物理学や原子物理学で広く観察されている現象で、エネルギー的に離散的な共鳴準位と連続的な準位間で起きる干渉のことで、非対称的なスペクトル波形として観測される現象だとされている。

ファノ効果に関係してたということは、ナノメートル空間で観測される水の運動を正確に理解するには、水の拡散(ランダムな運動)モードと音響モード(局所的な密度変化または圧力変化が媒質中を伝播する波動)だけでなく、それらのモード間に働く相互作用を考慮する必要があることを示している研究チームでは説明する。

今回の結果を踏まえ、研究チームでは、液体のモデルを必要以上に難しくせずに考えられるようになったとしており、今後、ほかの多くの液体でもナノメートル空間の興味深い運動が観測されると考えられるとするほか、今回明らかにされた相互作用を考慮することで、液体の運動のより正確なモデルを作成でき、メソスケールの液体の運動の理解が進むものと期待できるとしている。