ハードワークという言葉がある。働きすぎ(オーバーワーク)とは違い、物事に取り組む状態や姿勢がハード(一生懸命、勤勉)であるという意味だ。そのハードワークについて、Y Combinatorの創業者であり起業家、アーティストでもあるPaul Graham氏が「How to Work Hard」というエッセイで綴っている。

同氏は、1995年にユーザーがオンライストアを作成できるViawebをCommon Lispで開発し、これが後のYahoo!Storeになっている。自らもプログラミング言語Arcを開発するなど世界で最も著名なハッカーの一人とも評され、日本でもエッセイを纏めた「ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち」(オーム社刊、翻訳 川合史朗氏)が発行されている。なお、同書の翻訳者の川合史朗氏もLisp処理系の「Gauche」を開発している。

偉業を支えるハードワーク

自らも実践してきた起業を例に、何かすごいことを成し遂げたいなら「ハードワークが必要」とGraham氏。ハードワーカーとして挙げているBill Gates氏は、類まれなビジネスセンスや技術についての知識があってのMicrosoftの成功かもしれないが、「20代のころは1日たりとも休んだことはない」と述べているという。

バロンドール6回受賞という最多記録を持つサッカー選手Lionel Messi氏(F.C. バルセロナ)についても、幼い頃を知るコーチたちは、その才能よりも「熱心さ、勝ちたいという欲望」の方が印象に残っているそうだ。一般に才能とハードワークは、XOR(排他的論理和/二つの命題のどちらか一方が「真」であるときだけ「真」である)で捉えられがちだが、そうではない。才能と意欲の双方が必要であると。

学校のように明確に目標が定義されているシンプルなハードワークのテクニックとして「自分自身に嘘をつかないことを学ぶ」「先延ばしにしない」「気が散らないようにする」「うまくいかなくてもあきらめない」などを挙げる一方で、明確に定義されていない場合はどうか?「誰かから言われなくても取り組むべきと感じること」とGraham氏は表現する。

13歳のころテレビを見続けるのを止め、達成感を楽しむことを学んだ後には、達成できないことが嫌悪感へと変わっていったという同氏は「一生懸命取り組んでいない時に、はっとなる。一生懸命取り組んでいるときは、何かを達成できるのかわからないという不確実な気持ちではあるが、取り組んでいないときは何も達成できないと確実に理解できる」と述べる。

Graham氏にとっては学生時代、学校が最大のハードワークに対する支障であったそうだ。イヤイヤでやっているのでは、真のハードワークにはならない。真剣にハードワークに取り組むには、前提として仕事の本質の理解や好奇心、愛着が欠かせないということだ。与えられた課題だけでなく、周辺の知識や情報を取り入れて自ら設定し、進んでいくにはそれが必要になる。

集中の限界を知る

取り組む(work)べきものがどのようなものなのかが理解できたら、次は自分の限界を知ることだ。作業する人によっても、作業内容によっても、何時間できるのかは異なる。それだけでなく、その日のコンディションも影響するだろう。自分の集中の限界をしる一番簡単な方法は「リミットを超えること」。ある段階から生産性が低くなったと思ったら、そこがリミットということになる。

Graham氏の場合は難しいことを書いたりプログラミングをするような場合は1日5時間、だがスタートアップを立ち上げた当初はずっと働いていたとのこと。また、いつも自分に発破をかける必要はなく、新しい問題が出てきた時に、先延ばしの危険が出てくるが、一旦着手するとまたモードに入れるとのこと。

コアを目指す

モチベーションについてもGraham氏は分析している。Viaweb起業時は、「失敗への恐れから」ハードワークを続けていたそうだ。現在のようにエッセイを書いたりする生活では、エンジンは回りっぱなしではないそうだ。すぐに着手せずに構想を頭の中でたて、一旦机に向かうとハードワークができるという。

興味深いのは、重要なトピックスにフォーカスする時のアプローチだ。多くの問題は、中核部分があり、その周囲は比較的容易なものに覆われている。やってみて中核にたどり着けないこともあれば、周囲の比較的容易な部分に取り組める日もあるだろう。ハードワークとは、立ち止まることなく、できる限り「中核に近づこうとすること」とGraham氏は記す。

中核部分では、自分の意見が重要だ。Graham氏は「どの問題が重要かについての合意は間違っていることがある。一般的な場合も、特定分野の時も。もしあなたが違うと思うのなら、それは正しいのだ。そして、これは何か新しいことをするにあたって価値あるチャンスになる」と書いている。

新たなプログラミング言語の開発やインターネット黎明期のViawebの開発など同氏が達成してきた業績を見れば、それがオリジナルな試みであることは一目瞭然。ハードワークで中核に向かうほど孤独な試みになることが伺える。

難しいものを簡単にやる方法を見出す

野心的になればなるほど簡単ではないというのは想像の通り。そしてGraham氏は、他の人よりも"簡単そう"な感覚を持つことができる野心的なタイプの取り組みを発見したのであれば、それは拾い物だという。簡単と感じる理由が、あなたの能力によるものであれ、新しいアプローチを見出したからであれ、あるいは、単にあなたがそれに関心を持っているからであれ、「やるべきだ」とGraham氏。「素晴らしい取り組みのいくつかは、何か難しいものを簡単にやる方法を見出した人により成し遂げられている」と続けている。

才能に勝る深い関心

ハードワークでは限界を知るなどの実際の姿を学ぶことに加えて、あなたが適しているのかどうかも重要だ。すぐに浮かぶのが、才能だろう。Messi氏がもし運動神経が悪ければ、おそらくバロンドール6回は成しえなかっただろうから。だが、「背が高いからといってバスケットをすべきというものでもない」とGraham氏。向き不向きは、才能よりも関心ーーそれも「深い関心」が勝るという。

そして、才能よりもこの「深い関心」を見出すことの方が一般的には難しい。まず、興味を持つ分野は才能の種類よりも広い。才能は早期に判断されることが多いが、興味関心は大人になってからという人が多い。そして誤った判断も学ばなければならないーー関心があると思った理由は、お金が稼げるから?他の人を関心させたいから?親が望んでいるから?ーーこれらは一般的に、深い関心へと発展しない。

何に取り組むべきかという問題、そしてハードワークとは何かは連立方程式のようなもの、とGraham氏。「ハードワークをしているか」「どのぐらいうまくやれているのか」「この分野での取り組みを継続すべきか、他の分野に切り替えるべきか」の3つのプロセスを同時に進めなければならないという。

3つ目の"継続すべきか、切り替えるべきか"について、「ハードワークしているのに十分な成果が得られないのであれば切り替えるべき」とすると簡単に聞こえるが、その判断はなかなか難しい。十分な成果が得られない状態をどこまで続けるべきか、うまく進めていたことをやめたら次に何をすべきか?最高のテスト方法として薦めるのは、「興味関心を持つことができるか」だ。「すごく主観的」だが、「おそらく最も正確」なのだという。このテストが機能するためには、自分に正直になることが大切になるという。

最後にGraham氏は、「ハードワークは複雑で、常に変化するダイナミックなシステムで、各ポイントで正しいチューニングが必要」としながら、「常に正直で、明確な視点を持っていれば、自然に最適な仮定ができ、最適な形を取り始める。そして、それは滅多に到達できないレベルの生産性を得られるだろう」と結んでいる。