芝浦工業大学(芝浦工大)と情報通信研究機構(NICT)は7月20日、簡単なアンケートの回答からCMを視聴中に脳が反応するパターンの個人差(類似度)を予測することに成功したと発表した。

同成果は、芝浦工業大 工学部情報工学科の新熊亮一教授、NICT 脳情報通信融合研究センター(CiNet)の西田知史主任研究員、同・西本伸志特別招へい研究員、NTTデータの前田直哉氏、同・角将高氏らの共同研究チームによるもの。詳細は、主にシステム工学分野やサイバネティックス分野を扱うIEEE系の学術誌「IEEE Transactions on Systems, Man, and Cybernetics: Systems」に掲載された。

個々人の価値観や好みなどが多様化した現在では、多くの人に好感を持ってもらえるコマーシャル(CM)を制作するのは容易ではない。しかし、もしCMの映像が個々の視聴者に与える好感度などを事前に予測できれば、効果的なマーケティングを実現できる可能性が考えられるが、これまでそれを直接的に効果測定することは困難とされていた。

ただし、いくつかの手がかりがあれば、CMに対して興味を持つ人を見つけることは可能になる。たとえば、あるCMに興味を示したことがすでにわかっている視聴者Aがいたとしよう。そして、Aの脳の反応と、CMを視聴していない人物Bの脳の反応との類似度が高いことがわかれば、BもAと同じCMに同様の興味を示す可能性があることを予測できるというわけだ。

こうした背景を踏まえ、今回の研究では、あるCMに興味を示したことがすでにわかっている視聴者Aの脳の反応と、CMを視聴していない人物Bの脳の反応の類似度を比較するという手法をベースに、その類似度の予測を5~10問程度の簡単なアンケートに回答するだけで可能にしたという(アンケートは、NTTデータ経営研究所の「人間情報データベース」構築の一環で実施された)。簡単なアンケートで回答者それぞれの脳反応を予測できるため、協力者への負担やモニタリングコストを減らすことが可能だとしてる。

今回の手法のベースとなっているのは、新熊教授が京都大学在任中の2019年(2021年4月から芝浦工大に所属)に開発した、CM映像に対する脳の反応に関して、個人間の類似度を推定する手法だという。具体的には、実験内容を説明して参加に同意した複数の実験協力者にCM(15~30秒程度の音声付動画)を視聴してもらい、そのときの脳反応指標をfMRIで取得。そうして取得した実験協力者各自の脳の反応モデルを、それぞれのネットワークグラフで表し、実験協力者間で比較。個々のモデルが似ている度合いを新たにネットワークグラフで表すことで、脳反応の個人間の類似度を推定できるようにしたという。

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    (左)2019年の実験では、NICT CiNetが所有するfMRIを用いて実験協力者の脳がスキャンされた。(右)スキャン結果から推定された脳の活動状態 (出所:芝浦工大Webサイト)

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    (左)実験協力者の脳活動反応における、各CM間の相関が示されたネットワークグラフ(新熊教授が2019年に発表した論文のFig.5)。赤丸は実験協力者No.1が視聴した各CM、青線はCM間のグラフ結合が表されている。(右)CMを見た各実験協力者の脳反応のネットワークグラフ上の距離(類似度)をマトリクスで示したもの(新熊教授が2019年に発表した論文のFig.6が改変されたもの)。数字は各実験協力者を表している (出所:芝浦工大Webサイト)

fMRIを用いて、ターゲットとなりえる視聴者層を探し出すことは難しいことから、今回の実験では、数問程度のアンケートから回答者それぞれが示す脳反応と実験協力者が示した脳反応の類似度を推定する技術をさらに開発。これは、約300問の設問項目を含むアンケートから「特徴選択」によって、類似度の推定に対する重要度のスコアが高い上位10問の設問を抽出するというものだという。。特徴選択とは、機械学習の学習時間短縮、予測精度向上を目的に、学習させるデータから予測に関連のある、意味のあるデータ(特徴)を選択するというもので、こうした技術により設問数を減らしながらも、約300問すべてを使って推定したときと変わらない程度に、推定精度を高く保つことが可能であることが示されたという。

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    特徴選択の手法(a)Impurityと(b)Permutationそれぞれから計算した脳反応モデル推定に対する設問の重要度がプロットされたグラフ(今回発表された論文のFig.3が改変されたもの)。高い重要度を持つ設問から低い重要度を持つ設問まで、全体に対する設問数の割合が累積分布(CDF)で表されている。(a)では設問の順番上位2割の重要度が高く推定に十分な効果があることが、(b)では上位1割のみが推定に必要であることが示されている(着色部) (出所:芝浦工大Webサイト)

この結果、モニター(未知の脳反応)から5~10問程度のアンケートの回答を得るだけで、実験協力者(既知の脳反応)との類似度が推定できるようになり、一般視聴者のCMに対する脳反応の個人差を精度高く予測できるようになったという。

今回の研究は、個人の属性(ここではアンケートの回答)から脳反応を予測し、モニタリングコストを削減することを目的としたもので、研究チームでは、機械学習や特徴選択を脳反応や個人の属性と組み合わせる点に新奇性があり、革新的としている。