宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏は2021年7月10日、新しいロケット回収船「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス」号を就役させたと発表した。

打ち上げたロケットを着陸させ、回収するために使う船で、これが3隻目となる。今後、ロケットの打ち上げ頻度が増加するのに合わせて投入されたもので、大西洋を拠点に運用を行い、高頻度のロケット打ち上げに対応する。

  • ロケット回収船「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス」号

    新しいロケット回収船「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス」号 (C) Elon Musk/SpaceX

スペースXのロケット回収船

スペースXが運用する大型ロケット「ファルコン9」や超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」は、打ち上げたあとの第1段機体やブースターを着陸させて回収し、再使用することで、打ち上げコストの削減と、打ち上げ頻度の向上を実現している。

ロケットの第1段機体は、ミッションによって海上の回収船に着陸させる場合と、発射場近くに設けられた陸上の着陸場に着陸させる場合の2パターンがあり、ロケットの能力に余裕がない場合は前者、ある場合は後者が使われる。回収船への着陸は2016年4月に初めて成功し、これまで56回が成功している。

前者の場合に使われる回収船は、正式には「Autonomous spaceport drone ship(ASDS、直訳で自動宇宙港ドローン船)」と呼ばれている。もともとはバージ船として造られた船を改修したもので、サッカー場ほどの広さの甲板をもち、その上にロケットを着陸させる。また、水中スラスターを装備しており、指定した場所に自律的にとどまり続けることができるようになっており、「drone ship」という名の所以でもある。

これまで回収船は、「指示をよく読め(Just Read the Instructions)」号と、「もちろんいまもきみを愛している(Of Course I Still Love You)」号の2隻が存在した。なお、現在の「指示をよく読め」号は2代目で、先代はすでに退役している。

この少し変わった名前は、英国の作家、故イアン・M・バンクス氏のSF小説『The Player of Games』(邦訳は『ゲーム・プレイヤー』、訳・浅倉久志、角川書店)に登場する宇宙船から取られている。『ゲーム・プレイヤー』やその一連のシリーズ(「ザ・カルチャー」シリーズと呼ばれる)では、こうした変な名前の宇宙船が出てくることがお約束になっており、物語の中で登場人物が「戦艦にしては変な名前だ」と指摘する場面もある。

マスク氏はSF好きとして知られ、またバンクス氏が2013年に亡くなったことに敬意を表して名付けたとされる。

  • ロケット回収船「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス」号

    「指示をよく読め」号に着陸するファルコン9の第1段機体 (C) SpaceX

「威厳が足りない」号

今回就役した「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス(A Shortfall of Gravitas)」号もまた、同シリーズのうちの一冊『Look to Windward』に登場する宇宙船「Experiencing A Significant Gravitas Shortfall」にちなんだものだという。A Shortfall of Gravitasを直訳すると「威厳が足りない」というような意味になる。

同船もまた、バージ船を改修して造られたもので、前の2隻と同じく、サッカー場ほどの広さの甲板をもつ。

一方、改良されている点もあり、たとえば着陸時のロケットの噴射に対する保護を強化するため、設備や機器を船の構造内に収納している。

また、従来は港からロケットの着陸海域まではタグ・ボートで曳航する必要があったが、「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス」は出港から帰港まで、タグ・ボートの支援なしに完全に自律して航行することができるという。

さらに、スペースXが自社で構築を進めている宇宙ブロードバンド・インターネット「スターリンク」との通信アンテナを備えており、通信能力が強化されている。従来、ロケット打ち上げ時の生中継では、回収船に着陸するタイミングで映像が途切れることが多かったが、それが解消されるかもしれない。

従来の2隻は、主に東海岸のフロリダ州ポート・カナヴェラルを拠点に運用されており、ケープ・カナヴェラル宇宙軍ステーションやNASAケネディ宇宙センターから打ち上げたロケットの回収を担っていた。船の出港からロケット回収、帰港、そしてロケットを降ろして整備し、ふたたび出港できるようになるまでには時間がかかるため、2隻をローテーションさせることで高頻度の打ち上げと回収を実現していた。

ただ、今後は西海岸のカリフォルニア州にあるヴァンデンバーグ宇宙軍基地からの打ち上げも増える見込みであることから、同社は3隻目を建造した。

今後、「もちろんいまもきみを愛している」号の拠点をカリフォルニア州ロング・ビーチ港に移し、その代わりに「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス」号は東海岸に配備する。これにより、東と西、両方の発射場からの高頻度の打ち上げに対応できるようになる。

なお、スペースXはロケット回収船以外にも、海上に着水して帰還する有人宇宙船「クルー・ドラゴン」を回収するための船として「GOサーチャー(GO Searcher)」と「GOナヴィゲーター(GO Navigator)」、さらにフェアリングを回収するための「シェリア・ボーデロン(Shelia Bordelon)」、「HOSブライアーウッド(HOS Briarwood)」も運用しており、スペースXはロケット輸送会社であると同時に、海運会社でもあるような状態となっている。

  • ロケット回収船「ア・ショートフォール・オヴ・グラヴィタス」号

    回収したファルコン9の第1段機体を載せて港に帰ってきた「もちろんいまもきみを愛している」号 (C) SpaceX

参考文献

Elon MuskさんはTwitterを使っています 「Autonomous SpaceX droneship, A Shortfall of Gravitas」 / Twitter
SpaceX welcomes A Shortfall of Gravitas, shuffles Of Course I Still Love You west - NASASpaceFlight.com

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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