量子科学技術研究開発機構(量研)は7月2日、やる気が脳内伝達物資ドーパミンにより調節される2つの仕組みを明らかにしたと発表した。
同成果は、量研 量子生命・医学部門量子医科学研究所脳機能イメージング研究部の堀由紀子研究員、同・南本敬史グループリーダーらの研究チームによるもの。詳細は、生物科学を扱う学術誌「PLOS Biology」にオンライン掲載された。
やる気(行動に対する意欲、モチベーション)は、日常生活のちょっとした動作から、業務や勉学、スポーツなど、すべての活動を支える源だが、しかし、すべての行動に対して常に高くできるかというと、簡単にはいかない。
このやる気の上がったり下がったりは、脳内伝達物質の1つである「ドーパミン」を生み出すドーパミン神経細胞が、予測される報酬とコストから計算されるその個人にとっての行動の価値を伝えることによるものと考えられている。
また脳のドーパミンに関する仕組みとして、その受容体にはD1とD2の2種類の型があることがわかっている。やる気が上がるにはどちらの受容体も作用することが必要だ。これまで複数の動物実験により、それぞれに作用する薬剤でドーパミン伝達を阻害すると、やる気が下がってしまうことが明らかとなっている。
一方、報酬やコストの大小にしたがって意欲を調節する上で、2種類の受容体を介したドーパミン伝達がどのように機能しているのかについては、詳しくわかっていないという。そこで研究チームは今回、その謎の解明に向けた実験を実施したという。
脳内のドーパミンD1、D2受容体は、意欲制御に関わる「線条体」と呼ばれる領域の神経細胞に豊富に存在しているが、それをPET撮像で可視化。阻害剤の投与量とともに阻害率が上昇する関係が確認されたという。
さらに、この報酬期待がやる気につながる際のドーパミン受容体が果たす役割についての調査が行われた。その結果、D1、D2受容体を阻害すると、拒否率は報酬量との反比例の関係を保ちながら増大し、やる気が低下することが明らかとなったという。
この受容体阻害の効果は、報酬期待がやる気に変換される際の係数(インセンティブ変数)の減少とみなすことができ、D1、D2とも阻害率が高くなるほどインセンティブ変数が減少することが判明。このことから、ドーパミンはD1とD2受容体を介して報酬のインセンティブ効果を高め、やる気を上げていることが明らかとなったという。
加えて、労力と待ち時間の2種類のコストによる意欲低下が、ドーパミン伝達阻害によってどう変化するのかの調査を実施。その結果、労力・待ちのいずれが要求される場合でも、報酬獲得にかかるコストの増大に比例して拒否率が増加することが確認された。労力試行では、D2受容体の阻害によってコスト増加に伴う拒否率上昇が加速し、阻害率が高まるほど労力コストの感受性が高まることが判明。その一方で、D1受容体阻害の影響は見られなかったという。
これは報酬獲得のために労力が必要だとわかると、D2受容体を介したドーパミン伝達が「コスト感」を抑えてやる気を高め、行動につなげる働きがあると解釈できるとする。
一方の待ち時間試行においては、D1、D2いずれの受容体阻害でもコスト増加に伴う拒否率上昇割合が加速することが確認された。これは報酬量のインセンティブ効果と同じ仕組みが働き、時間待ちのコストがインセンティブ効果を弱めてやる気を下げるといることで解釈できるという。
これらの結果、2種類のドーパミン受容体による次の2つの異なる意欲調節の仕組みが明らかとなったという。
- ドーパミン情報がD1、D2受容体の両者を伝わって、報酬量の期待がインセンティブ効果としてやる気を高め、報酬の時間待ちはインセンティブ効果を低減してやる気を下げる
- 労力が必要なときには、D2受容体を介してドーパミンが伝わり、コスト感を抑えてやる気を保つ
これまでの研究から、線条体にはD1、D2受容体のいずれかを持つ2つの神経細胞集団があり、それぞれ別回路の出力があることが知られている。今回明らかとなった2つの意欲の調節機構は、これらの別回路による制御を反映している可能性が考えられるという。
なお、今回の研究成果は、ヒトと同じ霊長類モデル動物であるサルで得られた知見であることから、うつ病などの精神・神経疾患で見られるドーパミン伝達の変調で生じる意欲低下の病態の解明に向け、重要な手がかりを示すことが期待されるとしており、研究チームでは、今後も、さらに意欲調節とその障害の脳メカニズムの理解を深めることで、ヒトにおける診断・治療法の確立に向けた臨床応用研究にも貢献することが期待されるとしている。