国立遺伝学研究所(遺伝研)は6月28日、球状の集合体を作る緑藻の一種であるマリモ(毬藻)のうち、なぜ北海道・阿寒湖のものだけが30センチを超えて大きくなれるのかを調査したところ、大きく成長したマリモでは、球体を形作っているマリモ藻体に共生するバクテリアの層状構造が作られ、それらのバクテリア群集が藻体を相互に密着させて構造を強化し、内部に空洞があるにもかかわらず壊れたりつぶれたりしないようにしていることを見出したと発表した。
同成果は、遺伝研の中井亮佑研究員(研究当時、現・産業技術総合研究所 研究員)、同・仁木宏典教授、釧路国際ウェットランドセンター 阿寒湖沼群・マリモ研究室の若菜勇博士らの共同研究チームによるもの。詳細は、生命科学、物理、地球科学などを扱うオープンアクセスジャーナル「iScience」に掲載された。
マリモは緑藻(真核生物)の仲間で、浮遊状態また岩に付着して生育する。これが何らかの作用で絡まり合って球状となり、マリモとなることが分かっている。生物ではなく、藻が絡まり合った群体であり、壊れたりちぎれたりしても、そこからまた再生していく。
日本のマリモといえば阿寒湖が有名で、日本でも富士五湖など20か所の湖沼において生息が確認されている中で、海外を含めて30cmを超える巨大なマリモは阿寒湖にしか生息していないとされている。
マリモが巨大化するには、波によってマリモが揺すられて転がりながら、日光の当たりやすい浅瀬で活発に光合成を行って成長することが不可欠で、阿寒湖は、湖の形状や周囲の地形などにより、マリモが浅瀬で転がりやすい波が立つ風が吹きやすい条件がそろっているとされる。
しかし転がりやすいとはいっても、マリモは藻であり柔らかいため、浅瀬を転がっていれば、水面から出てしまって浮力を得られなくなったり、大きくなればなるほど、波によって転がされた際の衝撃で壊れてしまうリスクが高まることが考えられるが、阿寒湖のマリモだけは巨大化でき、その理由はこれまで明らかにできていなかったという。
そこで研究チームは今回、「球状マリモの成長と構造の維持に対する細菌の関与」というまったく新しいアプローチから、阿寒湖のマリモがなぜ巨大化できるのか、その謎に迫ることにしたという。
マリモには2種類の集合体(構造)がある。1つは藻の長い糸状体が絡まってできた「纏綿(てんめん)型」で、もう1つは糸状体が中心から放射状に整列している「放射型」だ。生息環境で纏綿型と放射型が決まり、巨大化するのは放射型のマリモだけである。またマリモの巨大化に伴い、中心部が空洞化することが知られている。
今回の研究では、阿寒湖の現場で、大・中・小と大きさの異なるマリモについての調査が実施された。ターゲットは、その内部に共生しているバクテリアで、そのリボソームRNA遺伝子の塩基配列を網羅的に読み取ることで、塩基配列の違いと特徴を基にバクテリアの種類を判別するための調査が行われた。
その結果、マリモの大きさにより、内部に生息するバクテリアに違いがあることが判明。特に直径20cm以上に巨大化したマリモでは、深層から表層に層状にバクテリアが分布をしていることが明らかとなったという。
また、深層には、重要な栄養素である窒素の循環にかかわる「亜硝酸酸化バクテリア」や、火山性の湖である阿寒湖に多い硫黄化合物をエネルギー源とするバクテリアが生息していることが確認された一方、表層には、シアノバクテリア類が見られ、光合成による二酸化炭素や窒素の固定を通して、マリモなど周りの生き物に炭素源や栄養素を供給していると考えられるという。
特に注目すべきことは、シアノバクテリア類などの「バイオフィルム」の形成能で、マリモの内部では、湖底の砂礫が取り込まれた茶色い縞模様の層内に見られ、そのバイオフィルムによって砂礫が取り込まれたと考えられるという。
また、大型マリモに見られる空洞の内部は湖水で満たされているが、放射状の糸状体の層は水を通しやすいにもかかわらず、実際には内部の湖水はわずかずつしか漏れ出ないようになっており、逆に水を抜いたマリモは、水に浮かんでしまうほどで、沈めても空洞に水が入っていかないといったことが知られていたが、この気密性もバクテリアによるものである可能性が示されたという。バクテリアの形成するバイオフィルムが、気密性とともに巨大化を支える機械的な強度にも貢献している可能性があるという。
いくら巨大化するのに環境の整った阿寒湖であっても、限界はあるため、いつかは壊れる。しかし、壊れてもマリモは群体生物であるため、それで死ぬようなことはなく、分かれた断片のマリモがそれぞれ浅瀬を転がって日光を浴びて巨大化し、そうして数を増やしていくと考えられている。
なお、阿寒湖のマリモは現在、これまで保護活動が続けられてきたが、現在、その生息域を減少させているという。研究チームでは、今回行われた研究が、現在のマリモの生息域を守り、さらに今後の生息域の回復に役立つことにつながれば、としている。