TSMCが米国アリゾナ州に建設中の前工程(ウェハプロセス)工場の近接地に3D IC(3次元集積回路)実装を含む先端パッケージング工場建設を検討していると、台湾や欧米の複数メディアが報じている。

この後工場も前工場同様に、国家安全保障上の理由による米国政府の強い要請によるものであるという。各メディアの多くがその情報源として2021年6月11日付けのNikkei Asiaを挙げている

Nikkei Asiaの発行元である日本経済新聞社は、同日付けの日経新聞で、TSMCが熊本に前工程工場を建設する検討に入ったという記事を載せているいるが、後工程工場の米国進出検討については報じておらず、その後も13日付けのTSMC米国工場に関する長文の解説記事の中でも触れていない。また、これらの熊本の前工程工場やアリゾナの後工程工場に関する情報の源について、熊本の件は、「(TSMCに関係していると思われる)サプライヤ幹部からの情報」としているほか、アリゾナの後工程工場についても、「名前を出すのを拒んだ情報通の3名」が情報源であるとしている。TSMCは公式にこれらの情報を発表しているわけでも、非公式リークに基づくものではない点に注意が必要である。同社は、かねてから工場の建設に関しては、「(新工場建設の検討に際しては)すべての可能性は排除しないが、顧客の需要次第」という当たり前の応答を繰り返してきているに過ぎない。

アリゾナ後工程工場や熊本前工程工場の可能性は?

TSMCは、米国政府が考える半導体に関する安全保障面からの要請にこたえる形でアリゾナ州に前工程工場を設立するために120億ドルを投資することを決め、5nmプロセスを用いた前工程工場の建設を進めている。実際の生産開始は2024年を予定している。

しかし、半導体チップとしては、その後、後工程工場にウェハを送ってアセンブリ、パッケージング、ファイナルテストなどを経てはじめて完成する。

現状、こうした後工程工場は台湾や中国をはじめとするアジア地域に集中しており、特にFOWLP(ファンアウトウエハレベルパッケージング)などの先端パッケージはTSMCやOSAT(後工程製造受託企業)への依存度が極めて高い。

せっかく米国内で前工程を終えたウェハをアジアに送ってパッケージングして完成させるのでは、前工程を呼び込んだ意味がない。このため、米国が国家安全保障を確保するには、アセンブリ・パッケージング・最終テストも米国内で行うことを望むのは当然だろう。

米国政府は、日本の半導体製造装置材料メーカーにも、米国で製造するように要請するとも伝えられており、中国同様に、自国内で完結するサプライチェーンを構築して自給自足を目指しているように見える。

一方、TSMCの半導体前工程工場の熊本への誘致は成功するのだろうか?。TSMCにとって米国企業からの売り上げは全社売り上げの6割を超す規模であるのに対して、日本企業のシェアは、自動車用チップも含めても4%(2020年)程度でしかない。仮に、日本政府が、欧米政府を見習って1~2兆円規模の工場建設費を負担したとしても、国内顧客の注文だけでは製造ラインは埋まらず、政府や地方自治体が日々の運営費の赤字補填をしなければ倒産しかねない状況となることが予想される。また、海外からの注文でラインを埋めていたのでは、経済合理性のない日本に工場を建てる意味がない。だから、多くの日本人の想像を絶するような莫大な補助金や税制優遇や顧客となるファブレス企業振興でもしない限り、日本への誘致は難しいだろう。