熊本大学は6月10日、全身に分布する成体の骨格筋(筋肉)およびその再生を担う「筋幹細胞は、身体位置固有の情報(位置記憶)を胎児期から保持していることを発見したと発表した。
同成果は、熊本大 発生医学研究所の吉岡潔志研究員、同 長久広氏(日本学術振興会特別研究員PD)、同 北嶋康雄 助教(現 広島大学 助教)、同 瀬古大暉氏、同 土屋吉史氏、同 小野悠介 准教授を中心に、京都府立大学生命環境科学研究科の亀井康富 教授、九州大学 生体防御医学研究所の野上順平 助教ならびに大川恭行 教授、同大 医学研究院 医化学分野の三浦史仁 准教授、荒木啓充 助教、伊藤隆司 教授、および病態制御内科学分野の小川佳宏 教授、長崎大学病院 整形外科の米倉暁彦 病院准教授、岡崎成弘 助教、千葉恒 助教および口腔外科の大場誠悟 准教授、住田吉慶 准教授、朝比奈泉 教授、長崎大学医歯薬学総合研究科の伊藤公成 教授らによるもの。詳細は、米科学振興協会が発行する「Science Advance」に掲載された。
全身に分布する骨格筋の大きさや形状などは実にさまざまだ。それらが複雑に動作することでヒトはさまざまな身体動作を取ったり姿勢を維持したり、呼吸や咀嚼、表情の表出など、多岐にわたって行動できるほか、胃などの意識せずとも自動的に動いてくれる不随意筋などもある。
一方で、難治性筋疾患である筋ジストロフィーにはさまざまな病型が存在し、身体内で症状が表出する位置は病型ごとに異なることが知られている。また、サルコペニアとよばれる加齢による筋脆弱化も、全身を通して均一には起こらないことが分かっている。
身体を構成する骨格筋のルーツを遡ると、咀嚼筋など、頭部筋の多くは頭部中胚葉由来、前脛骨筋などの四肢筋は体節由来といったように、胎児期の段階で筋肉の基となる細胞の発生起源が異なっていることが分かっているほか、胎児期における四肢筋と頭部筋の発生には、発生起源に応じた特有の分子機構が関与することも判明している。一方、出生後、成熟した骨格筋の身体位置による性質の違いについては、これまで十分に議論されていなかったという。
そこで研究チームは今回、骨格筋とその再生を担う筋幹細胞の「エピゲノム状態」や遺伝子発現パターンを調べることで、身体の位置情報を可視化することに取り組んだという。
成体マウスの頭部と後肢から単離した骨格筋およびそれに付随する筋幹細胞が用いられ、「DNAメチローム解析」によりエピゲノムレベルでの位置特異性が調査された結果、「ホメオボックス」(Hox)の遺伝子座におけるDNAメチル化状態に特徴的な差が見られ、骨格筋や筋幹細胞は胎児期の位置情報を記憶(位置記憶)しており、位置記憶にはDNAメチル化によるエピゲノム制御が関与している可能性が示唆されたという。
さらにHox-A遺伝子のうち、頭部筋ではまったく発現せず、すべての四肢筋でのみ高発現が見られたHoxa10遺伝子に絞って、Hoxa10を発現する後肢由来の筋幹細胞をHoxa10を発現しない頭部筋へ移植したところ、頭部筋にHoxa10遺伝子の発現が検出されるようになったとのことで、後肢由来の筋幹細胞は異所性に移植しても、位置記憶を保持したまま頭部筋に生着したことが示されたとする。
これを受けてHoxa10の機能の解析を実施したところ、Hoxa10欠損により後肢筋の再生は障害される一方、頭部筋の再生にはまったく影響を与えないことが確認され、後肢筋の再生障害のメカニズムは、筋幹細胞の分裂の際に生じる染色体分配異常によるゲノム不安定性に起因することが突き止められたとする。
さらに、ヒト頭部筋および下肢筋の筋幹細胞を用いた解析が行われた結果、下肢筋のみHox-A遺伝子を発現し、Hoxa10遺伝子の機能を阻害すると細胞分裂異常が見られたことから、マウスと同様にヒトの細胞においても位置記憶を保持していることが確認されたとする。
研究チームは、今回の研究で明らかになった筋幹細胞の位置記憶の機能的な側面から、今後、筋ジストロフィーを含むさまざまな筋疾患で見られる症状の身体位置特異性のメカニズム解明につながることが期待されるとしているほか、細胞の位置記憶を人為的に制御すること、あるいは位置記憶が刻まれた細胞の性質を適材適所に活用することで、筋疾患に対する再生治療応用に展開していくとしている。
なお近年、iPS細胞からさまざまな組織前駆細胞への分化誘導や大量培養技術の開発が進んでいるが、誘導した前駆細胞の位置情報は考慮されていないと研究チームでは説明しており、このような筋幹細胞の位置記憶の概念は、骨格筋のみならず全身に分布する組織における効果的な再生医療の開発を進める上で新たな視座を提供すると考えられるとしている。