科学コミュニケーションツールとしての「ひみつの研究道具箱」
東京大学(東大)生産技術研究所(生研)の松山桃世准教授は、東大生研に所属する研究者がそれぞれに進めているさまざまな研究成果を1テーマ1枚のカードにまとめ、参加者がこれらのカードを使ってピンチに挑む「ひみつの研究道具箱」というカードゲームを開発した。
ゲーム形式にしたことで、科学にもともと興味がある人に限らず、普段は科学に接する機会がない人でも、大学・大学院の最新の科学技術成果を楽しく学ぶ仕掛けになっていると注目を集めているようだ。
「ひみつの研究道具箱」の開発を行った松山准教授は、東大生研で生まれた最新の研究開発成果を親しみやすく・分かりやすく、一般の方々に伝えるとともに、人々の価値観やアイデアを研究現場に届ける手法を研究している。
その中で、研究現場と人々の接点を築く科学コミュニケーションツールとして、今回「ひみつの研究道具箱」をまとめ上げた。
「ひみつの研究道具箱」は52枚の技術カードと10枚のピンチカードで構成されている。技術カードは、用途例に応じて、IT(情報技術)分野、健康分野、持続社会分野、安全・安心分野の4分野に大別される。
ピンチカードは「会社編」「学校編」「家・まち編」「日本・地球編」「今月のピンチ」「人間関係編」などで構成されている。
技術カードのIT(情報技術)分野には、「コンピュータビジョン」「IoT」「超大規模データ利活用」といったカードがある。 そして健康分野には「生体の高品位保存」「マイクロニードル」、持続社会分野には「レアメタルのリサイクル」「波力発電」「スーパーコンクリート」、安全・安心分野には「耐震・耐津波設計」「気象予報」「交通流シミュレーション」というカードなどで構成されている。
これらのカードに書かれている技術はすべて東大生研で研究・開発が行われているものだ。
各カードの表面には、「コンピュータビジョン」や「IoT」などの技術名とイラストが書かれている。そして裏側には、その技術の概要と用途例が書かれている(短い文章である点がおおまかに理解するのは重要なことになっている)。
ゲームは、参加者が挑む課題がピンチカードによって提示されることから始まる。例えば、ピンチカードとして「世界的に感染症が大流行」というテーマが提示されたとすると、各ゲーム参加者は手持ちの技術カードを組み合わせて、解決案をひねり出す。
「分子センサ」で体の状態と環境の状態を逐一モニタリングし、「エナジーハーベスティング」で電力を確保してスマホにデータを転送する、感染拡大している地域のデータをシステムに入れて「自動運転」でその地域を避けて移動できるようにする、「表面・界面現象」でウイルスがついたら無毒化してくれる服をつくる、といった具合だ。
興味深いのは、参加者が初めて目にする最新技術を、カードの裏面に書かれた概要をたよりに想像を膨らませ、多彩な解決案を導き出す点だ。
生活者あるいはその研究成果・技術のユーザーとして、自分がほしい“ウオンツ”を的確に示し、技術を開発する研究者が思いつかない大胆な「目からうろこ」のアイデアが参加者から生まれること、そしてそのアイデアを「ひみつの研究道具箱」のWebサイトでの回答アーカイブといったものを通じ研究者に届けることを目指している。
Webサイトでは、過去の参加者の回答アーカイブを見ることができるほか、カードゲームのオンライン体験も可能だ。
「ひみつの研究道具箱」を用いて“まちづくり”について考える
「ひみつの研究道具箱」(開発当初は「生研道具箱」)は、東大生研の設立70周年記念事業の一環として開催された一連のワークショップ「もしかする〇〇~自然×科学×まちづくり~」にて活用された。
2019年10月20日に北海道函館市で開催されたワークショップ「もしかするはこだて~自然×科学×まちづくり~」で初披露され、その後も上記の枠組みの中で各地にて開催されたほか、東大柏キャンパス公開で実施したワークショップなどでも活用された。
ワークショップでは、「ひみつの研究道具箱」の技術カードを用いて町の魅力をパワーアップさせる方法などを参加者で検討した。
参加者からは、「先進技術という言葉は知っていても具体的に知らなかったのでたくさんすごい技術があるんだとおどろいた」という声や、「最新技術が普及すれば、各地の人にも町の魅力がより鮮明に言語の障害もなく発信できることに気がついた」「中学校の現場で使ってみたい」「高校の教員という立場で参加させていただきました。本校の生徒にも参加させたかったです」といった感想が寄せられ、好評を博した。
松山准教授は、東大大学院 理学系研究科で博士号をとり、米国ワシントン大学セントルイス(Washington University in St. Louis、ミズーリ州)で博士研究員(Postdoctoral Researcher)として生物系の研究に励んだ経歴の持ち主だ。
その後に、理化学研究所で基礎科学特別研究員などを務めた経歴を持っている。さらに科学技術振興機構(JST)の日本科学未来館で「科学コミュニケーター」として採用され、東日本大震災後の科学コミュニケーション活動などを通して、科学研究成果と社会との接点をデザインする経験を重ねてきた。
これが、今回の「ひみつの研究道具箱」を生み出す基盤となったようだ。
科学技術がどんどん進展し、実際にはかなり複雑な科学技術成果に支えられている現代社会では、その進展する科学技術を分かりやすく伝える技術や、最新技術との付き合い方を考える機会がますます重要になってきた。
例えば、現在注目されている新型コロナウイルス向けの米国ファイザー社のワクチンの基盤技術は「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」だが、この「mRNA」を何となく理解して、多くの方はワクチン接種を受けている。
ますます最先端化・複合化する現在社会を生き延びるには、技術の使い方を専門家に委ねるのではなく、自分自身で使う方法を考えるというマインドセットが必要な時代に入っている。
「ひみつの研究道具箱」ゲームがきっかけのひとつとなり、その感覚がじわじわと社会に浸透することを願う。
なお、松山准教授によると、6月11日、12日に東大生研と東大先端科学技術研究センターのオンラインキャンパス公開が行われるのにあわせて、各研究室のウェブページから「技術カード」を集め、集めたカードで「ひみつの研究道具箱」ゲームに参加する「生研トレジャーハンティング」を企画しているという。
同企画は、事前予約の必要はなく、当日にキャンパス公開サイトで楽しむことができる。
※編集部注: 本記事は著者と編集部の共著です。