東京大学(東大)と科学技術振興機構は6月4日、引っ張ると結晶化して頑丈になり、力を抜くとほぼ100%ですぐさま回復する「自己補強ゲル」を開発したことを発表した。
同成果は、東大 物性研究所の眞弓皓一准教授、東大大学院 新領域創成科学研究科の伊藤耕三教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science」に掲載された。
高分子ゲルとは、長いひも状の高分子鎖が連結された網目構造に水などの溶媒が閉じ込められた柔らかい材料であり、中でも水を溶媒とするハイドロゲルは、高い生体適合性を有していることから、人体に埋め込む生体材料への応用が期待されてきたが、力学強度的に脆弱であるという点が高分子ゲルの課題となっていた。
しかし、近年、さまざまな科学的な発展からさまざまな高強度ゲルが開発されるようになり、力学強度が向上するようになり、中でも、「犠牲結合」と呼ばれる壊れやすい結合をあえて内部に導入した高分子ゲルは、優れた強靭性を実現できることが示されるようになってきた。
犠牲結合を導入したゲルは変形する力が加わると、犠牲結合が選択的に破断。それによって入力された力学エネルギーが散逸され、その結果としてゲルを破壊するためにより大きなエネルギーが必要になるという仕組みで、実際、犠牲結合ゲルの破壊エネルギーは最大で30MJ/m3にも及ぶという。ただし、そうした犠牲結合ゲルにも、変形時に犠牲結合の破断を伴うため、破断した犠牲結合が元に戻らない、また再結合する場合も時間がかかるという課題があった。さらに高い強靭性を示す犠牲結合ゲルでは、繰り返し大きな変形を加えた際における力学強度の回復率は50%以下にとどまるという問題もあり、大きな負荷が繰り返し加わるような人工靭帯・関節などへの応用に対する障害となっていたという。
そこで研究チームは今回、結合の破壊を伴わない新しい強靭化メカニズムとして「自己補強効果」を用いることを選択。それにより、強靭性と回復性を兼ね備えた高分子ゲルの開発に成功したという。
自己補強ゲルの仕組みは、伸長すると内部の高分子鎖が伸び切って、互いに寄り集まることで結晶化し(伸長誘起結晶化)、それによって材料の力学強度が向上する。しかし力を取り除くと、一度形成された高分子鎖の結晶は即座に消失し、元の状態に戻る。これにより、自己補強ゲルは繰り返し変形下において高い回復性を示すというものとなっているという。
今回の自己補強ゲルでは、ゲル内部の高分子鎖を均一に変形させるために、高分子鎖を環状分子によって連結した環動ゲルが用いられているという。環動ゲル中の環状架橋点はナノスケールの滑車のように振る舞うことで、高分子ネットワークの応力を均一化し、高分子鎖は一様に変形する仕組みを持つ。これによって環動ゲルは高い強靭性を示すことができるのである。しかしその一方で、傷が入ると亀裂が容易に進展して壊れやすいという欠点も抱えていたとのことで、今回の研究では、環動ゲルにおける環状分子の数、軸高分子鎖の長さ、高分子濃度の適切な調整を実施。その結果、環動ゲルを伸長した際に高度に配向した高分子鎖が結晶化する現象が見出されたという。
初期亀裂を入れた環動ゲルを引っ張ると、亀裂の先端において伸長された高分子鎖が結晶化することで亀裂の進展が抑止され、変形を元に戻すと即座に高分子鎖の結晶はなくなって元の状態に戻るという。
伸長誘起結晶化が起こらない一般的なゲルでは、伸長によって亀裂が進展して破断してしまうことと対照的となっている。
今回開発された伸長誘起結晶化を起こす環動ゲルは、世界最高クラスの強靭性(破壊エネルギー:約20MJ/m3)を有するのと同時に、繰り返し変形下において犠牲結合ゲルを上回る、ほぼ100%の即時回復性を示すことが確認されたという。
なお伸長誘起結晶化による強靭化は、決して新しい技術ではなく、1925年には天然ゴムの強靭化機構として発見されている。天然ゴムが現在でも航空機のタイヤに用いられているのは、伸長誘起結晶化による優れた強靭化効果があることが理由だという。
今回の研究成果は、天然ゴムで知られていた伸長誘起結晶化による強靭化が、溶媒を多量に含んだゲル材料においても有効であることが示されたものであり、今回開発された自己補強ゲルを活用していくことで、人工靭帯・関節などといった人工運動器への応用につながることが期待されるという。また、今回の研究では、環動ゲルが用いられたが、高分子鎖を均一に変形させることができれば、ほかのネットワーク構造においても伸長誘起結晶化による自己補強効果は有効であると考えられるとしている。