NXP Semiconductorsは台湾時間の6月2日、オンラインで開催された「COMPUTEX TAIPEI 2021」において、同社のUWBチップとBLEチップが「Samsung SmartTag+」と「Galaxy S21+/S21 Ultra」に採用されたことを発表した。この技術的な背景、および同社のUWB向け戦略についてオンラインで説明会があったので、ご紹介したい。

まずCOMPUTEXにおける発表だが、SamsungのSmartTag+にNXPの「Trimension SR040」と「QN9090」が搭載されたというもの(Photo01)。

これにあわせてGalaxy S21+/S21 UltraにもUWBのトランシーバが内蔵された事で、UWBを利用したトラッキングタグが実用化された、というものだ。

SmartTag+の動作原理であるが、まずタグとスマートフォンの間でペアリングを行っておく(Photo02)。

  • NXP

    Photo02:ペアリングキーをコミュニティで共用することで、広い範囲で追跡が可能というのは理屈としては判るが、運用に気を付ける必要がありそうだ

タグは一定時間ごとにBLEのService IDを発信しており、これをスマートフォンは受け取って自身がペアリングしたTagであれば、UWBを使って距離を測定する(Photo03)。

  • NXP

    Photo03:上の説明は1→3→2という順番で書かれているので注意

  • NXP

    Photo04:最初から高精度測距を有効にすると消費電力が馬鹿にならないので、まずは粗い精度で距離測定を行い(この時には全周囲測定)、AoAを利用して方向を絞り込むことで効率化を狙う格好

この際に、AoAを利用して方位を絞り込みすることで、より正確な距離が測定できるのがUWBのメリット、としている。実際、高精度測定の場合、±10cmの精度の距離測定が可能、というのが同社の説明である(Photo05)。

  • NXP

    Photo05:見通し距離で100mとは言うが、UWBは障害物に強いとはいえ、屋内とかではもっと距離が縮まる。また金属製の棚とかも結構影響が大きい。まぁ部屋内の測距や方位測定はともかく、隣の部屋とかには過度の期待は禁物だ

実際の利用シーンの例は、NXPのCOMPUTEXにおける基調講演の18分あたりから始まる映像を見ていただくのが早いかと思う。

ちなみにAoAの測定はいわゆる三角測量である。スマートフォン側には2つのUWBのアンテナを用意し、それぞれのアンテナからTagまでの距離を測定、それとアンテナの距離が判れば方位が判断できるというものである。このAoAの方位精度、同社が2019年にSR100Tという最初の製品を発表した時には±3°という話であったが、今回は「精度はスマートフォン側のアンテナの距離に依存する」ということで明示されなかった。理屈から言えばアンテナ距離が大きいほど精度が上がる(から、スマートフォンよりもタブレットの方が有利)ではあるのだが。

さてNXPとしては別にこれで終わりにするつもりはない。元々2019年にSR100Tを発売して以来、さまざまな応用を探ってきていた。今回はモバイル向けという位置づけになる(Photo06)が、元々はSecure Car向けに立ち上がっているそうで(Photo07)、これに加えてIoT向けにも大きく展開させてゆきたい(Photo08)との事で、具体的な製品例も示された(Photo09)。

  • NXP

    Photo06:NXPとしてはNFCベースのMobile Wallet SolutionにUWBを組み合わせる事を望んでいる模様

  • NXP

    Photo07:要するにCar Key Fobの電波をリピータで強化して車に送る事で、所有者が車のそばに接近したと車に誤解させ、車がロック解除してしまい、結果として車両盗難が発生するという事件がアメリカで多発。これを防止するため、UWBでFobとの距離を厳密に測定することで、リピータを使った盗難を防ごうというもの

  • NXP

    Photo08:高精度の距離測定(やAoAの測定)機能を生かしたアプリケーションをこれから提案してゆきたいという訳だ

  • NXP

    Photo09:今一つBT Wirelessヘッドホンの例が意味不明

このUWBについては、2019年8月にFiRa Consortium発足しており、NXPもFounder Memberの一社である(Photo10)。

  • NXP

    Photo10:FiRaも当初加盟していなかったAppleとかQualcommが2021年に参画しており、このあたりで方針が変わったりしなければいいのだが……

ここで現在仕様の取りまとめとか相互接続性試験の手順などを開発中であるが、当初2020年中と言われていたこれらのリリースはやや遅れている(Specificationはまだリリースされておらず、また相互接続性試験も開始は今年末となっている)。

ただNXPによれば、現在出荷中の製品はいずれもSpecificationを満たす(ファームウェア更新で対応できる)としている。ただ今年中に仕様や相互接続性試験/認定プログラムが立ち上がれば、より広範な普及に弾みがつくと考えており、これに向けてモジュールパートナーを強化しているとの事であった(Photo11)。

先にPhoto07でご紹介したCar Key Fobへの対策の話であるが、もう少し突っ込んだ話をNXPよりご教授頂いたので、紹介しておきたい。従来のCar Key FobはPhoto12の様なシーケンスで行われる。

  • NXP

    Photo12:従来の鍵解除のフロー

ここで赤字で書いてあるように、「Key Fobの所有者が車に近づいたか否か」の判定は、(4)のLF BurstをKey Fobが受信したときの信号強度で行うので、車と所有者の間に悪意をもった第三者が介入して信号のリピータ(Range Extender)を装着することで、距離が遠くても信号強度の高いLF BurstをKey Fobが受信できてしまい、結果として開錠の信号を車に送ってしまうのが問題だった。

UWBを利用することで、これが避けられる。要するに最後にUWBを使って精密距離測定を行う事で、本当にKey Fobが車のそばにあるか検証するというものだ。UWBは超広域ということもあり、原理的にリピータを作りにくい(不可能ではないが、今のところコストに見合わない)し、信号強度ではなくToF(通信時間の測定)で距離を判断するから、間にリピータを挟むとむしろ距離が遠くなると判断される(リピータで多少遅延が発生するため)。これにより、「冬の寒い時期、玄関から離れたところにある車のエンジンを先にかけて車内の暖房をOnにして温めておく」というユーザーの利便性を損なわずに、「開錠は所有者が本当に車に近づいた時」という安全な動作をするようになる、という訳だ。

  • NXP

    Photo13:UWBを使うと、LF Burstの後で、さらにUWBによる距離検証が行われることになる。この場合、車の側から鍵までの距離を測定する形になる