神戸大学と玉川大学は6月2日、幼少期における運動経験が後年の認知機能の維持・増進に関与する脳の神経ネットワークと皮質構造の変化を解明したと発表した。

同成果は、神戸大大学院 人間発達環境学研究科の石原暢助教、玉川大 脳科学研究所の宮崎淳嘱託職員(現・早稲田大学助教)、同・田中大貴 日本学術振興会特別研究員PD、同・藤井貴之特任助教、同・高橋宗良特任准教授(現・玉川大工学部准教授)、同・金成慧研究員(現・宇都宮大学工学部助教)、同・仁科国之研究員(現・大阪大学助教)、同・高岸治人准教授、同・松田哲也教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、科学雑誌「NeuroImage」に掲載された。

過去10年の研究から、幼少期の運動は認知機能の発達を促すことが示されているという。最近の研究から、その効果が中高齢期まで持続することが示唆されていたが、幼少期の運動が後年の認知機能の維持・増進に関係する脳の機能的・構造的変化は明らかにされていなかったという。

そこで研究チームは今回、幼少期の運動経験と後年の認知機能の関係を調べ、その関係の背景にある脳の構造的・機能的変化を磁気共鳴画像法(MRI)を用いて明らかにすることにしたという。

今回の研究は、214名の成人から高齢者(26~69歳)を対象に行われた。幼少期の運動経験を質問紙で調査し、認知機能の1つであり、不適切な行動を抑止する機能である「反応抑制」について、「Go/No-Go課題」を用いて測定が行われた。

またMRIで取得された脳画像データの解析では、脳の構造的・機能的領域間結合、皮質の厚さ、髄鞘化、神経突起の方向散乱の程度と密度の指標が算出された。各脳機能・構造指標は、米国で2012年からスタートした「Human Connectome Project」の研究によって分割された360の領域ごとに取得されている。そして統計分析の際には、質問紙調査から得られた対象者の学歴、両親の学歴、兄弟姉妹の有無、大人になったあとの運動経験などの交絡因子の統計学的な制御が施された。

その結果、児童期(~12歳)に運動経験を有していた対象者は運動経験を有していなかった対象者と比較して、誤答率が低いことが判明したという。また、児童期の運動経験と誤答率の関係は、対象者の年齢に関わらず認められた一方、思春期以降の運動経験は課題成績と関係が認められなかったとする。

  • 児童期の運動経験

    幼少期の運動経験とGo/No-Go課題の誤答率の関係 (出所:神戸大Webサイト)

さらに、児童期の運動経験を有している人のGo/No-Go課題の誤答率と関わる脳の構造的・機能的領域間結合を調査した結果、脳の構造的領域間結合に関しては、児童期の運動経験を有している人は、Go/No-Go課題の誤答率と正の相関関係を示す結合と、負の相関関係を示す結合が確認されたとする一方、Go/No-Go課題の誤答率と負の相関関係を持つ構造的領域間結合の大部分が、左右の半球間の結合であることも判明。機能的領域間結合に関しては、児童期の運動経験を有している人では、Go/No-Go課題の誤答率と正の相関関係を示す結合が認められたが、負の相関関係を持つ結合は認められなかったという。

  • 児童期の運動経験

    児童期の運動経験を有する人特有に認められる、Go/No-Go課題の誤答率と関わる構造的領域間結合(解剖学的な神経繊維のつながり) (出所:神戸大Webサイト)

なお、児童期に運動経験を有していなかった人では、Go/No-Go課題の誤答率と関わる脳の構造的・機能的領域間結合は認められなかったという。

  • 児童期の運動経験

    児童期の運動経験を有する人特有に認められる、Go/No-Go課題の誤答率と関わる機能的領域間結合(神経活動パターンの類似性) (出所:神戸大Webサイト)

さらに、児童期の運動経験を有している人のGo/No-Go課題の誤答率と関わる脳の皮質構造指標の調査の結果、児童期の運動経験を有している人では、脳の皮質厚とGo/No-Go課題の誤答率の間に負の相関関係が認められたという。神経突起の方向散乱の程度ならびに密度と、Go/No-Go課題の誤答率の間に正の相関関係が認められたとしている。

これらの結果から、児童期に運動経験を有している人は、脳のネットワークのモジュール分離と左右半球間の構造的結合の強化によって、Go/No-Go課題の誤答率を減らしていることが示唆されたとしている。

また、環境や経験に依存した脳内ネットワークの形成に敏感な児童期に運動を行うことで、脳内ネットワークの最適化が促され、後年の認知機能の維持・増進につながると考えられるとしている。