ヤシガニは甲殻類の中でも世界最大級の大きさで知られ、インド洋や西太平洋などの熱帯域、亜熱帯域のほか、日本では沖縄県周辺の島しょ部に生息する。そのヤシガニのハサミの硬さは鋼鉄並みで、100枚ほどの層からなる壊れにくい特殊な内部構造を持っていることを、物質・材料研究機構(NIMS)と沖縄美ら島財団の研究グループが明らかにした。複雑な組織を3次元(3D)可視化することにも成功し、研究成果は軽量で強靱(きょうじん)な材料開発に役立ちそうだという。
ヤシガニは体長30~40センチで、絶滅危惧種に指定されている希少生物。研究グループによると、貝殻は持たないが、外敵から身を守る鎧(よろい)のような甲羅で覆われている。単位体重あたりの挟む力(把持力)は体重の90倍以上という生物最強クラスで、ライオンの把持力に匹敵するという。
NIMS構造材料研究拠点の井上忠信グループリーダー、原徹グループリーダーや沖縄美ら島財団総合研究センターの岡慎一郎主任研究員らは、沖縄県内で捕獲した体長約30センチ、体重約1キロのヤシガニの左側のはさみを破断し、破断面やこの面を平らにした研磨面を走査型電子顕微鏡で調べた。
その結果、表面部分の内側は外クチクラと内クチクラという2層になっており、内クチクラは厚さが2ミリほどで、石灰化した細い管や細孔などが観察できた。小さな細孔は0.75マイクロメートル間隔で規則的に並んでいた。また外クチクラでは細孔は観察できず、密な構造になっていることなどが分かった。
研究グループは外クチクラなどをさらに詳しく構造解析するために、独自に開発した技術で3D観察した。すると、厚さ0.25ミリの外クチクラでは、高さが2.3マイクロメートルの極薄層が100枚ほど積層している「ねじれ合板構造」であることが分かった。その構造は一部の層が壊れても、はさみ全体は壊れない仕組みになっていた。
これらの観察結果から、ヤシガニのハサミは鋼鉄並みの硬さを持つ薄い層(外クチクラ)と、軟らかいクッションのように力を吸収する多孔質層(内クチクラ)による複合構造を持ち、外部から強い力が働いてもハサミ全体の破壊を免れる仕組みになっていることが確認できた。軽さと強靭さを兼ね備えるこの特殊な構造が、ガラスや陶器と違って壊れにくい理由だという。
NIMSの井上グループリーダーらによると、ヤシガニのハサミの組織と構造は、軽量で強靭な材料開発へのヒントを与え、自動車・航空機などに「軽くて強い」素材や部材を使うことで二酸化炭素排出量削減にも貢献できる。また、大把持力を持つ強靭な小型医療機器への応用も可能という。
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