広島大学は5月24日、「環状パラフェニレン骨格」に導入した「ジラジカル」の基底状態が、パラフェニレン骨格のベンゼン環の数で制御されることを見出したこと、ならびにそれにより、これまで不可能とされてきた「高次キノイド構造」の構築が可能となり、より優れた電子伝導性を持つ電子材料の開発が可能となる指針が示されたと発表した。

同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科の安倍学教授を研究代表者とした、京都大学 化学研究所 材料機能化学研究系 高分子制御合成領域の山子茂教授らが参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米化学学会の学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

キノイド特性を有する開殻性分子(ラジカルを持つ分子)は、HOMO(最高被占軌道)-LUMO(最低空軌道)ギャップが小さく、柔軟な電子状態に由来する高い酸化還元特性を持つほか、可視から近赤外領域での光応答性にも富んでいることから、機能性材料としての応用も期待されている分子とされている。

また、キノイド構造(共鳴系として書くことのできる閉殻構造)を構築する手法として、ベンゼン環のパラ位に発生したジラジカル(2つの不対電子)間の結合性相互作用を利用したものが知られているが、ベンゼン環3枚以上のパラフェニレン(ベンゼン環のパラ部位すべてのベンゼン環がつながった化合物)骨格を持つジラジカルのキノイド特性の報告例はなく、π拡張がどこまで可能であるのか、またそのπ拡張したキノイド構造が示す物性はよくわかっていなかったという。

近年、湾曲したπ共役系分子は、その構造の美しさや電子状態の特異性から、研究が各所で進められているが、すべてのベンゼン環がパラ位で結合し、環構造を形成したシクロパラフェニレン(CPP)は、直鎖パラフェニレンとは異なり、ベンゼン環の枚数が減少するにつれて、HOMO-LUMOギャップが小さくなる特異性が報告されているという。これは、環サイズの減少により、ベンゼン環が湾曲し、ベンゼン環上にジラジカル性が生じることで、キノイド構造の寄与が増加するためで、この湾曲効果によるキノイド性の増大は、理論計算によっても確認されており、湾曲効果がキノイド構造の形成に影響していることが示唆されていたという。

そこで研究チームは今回、ジラジカルを湾曲したパラフェニレンで架橋することにより、湾曲効果を受けるラジカル間の相互作用に着目。湾曲効果を受けるラジカル間の結合性相互作用により、直鎖上ではキノイド構造を形成し得なかった分子でのキノイド性の発現に挑んだという。

そして、ジラジカル前駆体となるアゾユニットAZを6枚のベンゼン環で架橋した「AZ-6CPP(n=3)」の合成に成功。その湾曲構造に関しては、X線構造解析が行われ、明らかにされたとする

また、光脱窒素反応によって生じたジラジカル「DR-6CPP」を、電子スピン共鳴測定によって調べたところ、基底一重項状態であることが判明したほか、湾曲効果による「基底スピン状態」の変化が実測されたとする。さらに、理論計算によって環構造を構成するベンゼン環の枚数を変化させたところ、ベンゼン環の枚数が減少するにつれて、S-Tギャップ(一重項状態と三重項状態のエネルギー差)の増大、キノイド性や平面芳香族性の発現など、湾曲効果による特異性が明らかにされたという。

研究チームによると、今回の研究で示されたスピン相互作用に与える湾曲効果は、よりπ拡張したキノイド構造の構築やポリラジカルのスピン制御へと展開できると期待されるとしており、今後は、理論計算によってキノイド特性が示唆されたDZ-4CPP(n=1)の発生を目指し、ベンゼン環4枚でのキノイド特性を明らかにするとしている。また、平面芳香族安定化を導入することにより、よりπ拡張したキノイド構造を構築することができるため、大環状アゾ化合物の合成に着手し、π拡張したキノイド特性を調査するともしている。