東京大学(東大)とカルテックは5月21日、120Lのアクリルボックス中にエアロゾル化した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を噴霧し、空気清浄機に搭載した光触媒に405nmの可視光を20分間照射したところ、SARS-CoV-2を99.9%不活化できることを実証したと発表した。また、光触媒に励起光を120分照射したところ、液体中のSARS-CoV-2の感染性も検出限界以下となることが確認されたことも合わせて発表された。
同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 農学国際専攻の松浦遼介特任助教、同・Chieh-Wen Lo大学院生、理化学研究所(理研) 光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームの和田智之チームリーダー、カルテックの染井潤一 代表取締役社長、同・落合平八郎広報部部長、理研 光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームの村上武晴研究員、同・斉藤徳人上級研究員、同・小川貴代研究員、同・神成淳司 客員主管研究員、理研 イノベーション推進センター 辨野特別研究室の辨野義巳 特別招聘研究員(研究当時)、日本大学(日大) 医学部内科学系 血液膠原病内科学分野の中川優助教、日大医学部内科学系 血液膠原病内科学分野/日大 総合科学研究所の武井正美教授、東大大学院 農学生命科学研究科 農学国際専攻の間陽子特任教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ウイルスを題材としたオープンアクセスジャーナル「Viruses」に掲載された。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、それが付着した物体の表面や、飛沫などのエアロゾルを介して感染することがわかっており、感染拡大を防ぐためには、人々が集まるような屋内の公共施設など、環境そのものからSARS-CoV-2を除去することが求められている。
先行研究により次亜塩素酸などの化学物質や紫外線が、SARS-CoV-2を不活化することがわかっているが、人体への有害性の問題などもあるため、人々が日常生活を行っている場での使用には適していない。そのため、生活環境において人体に害を与えることなく、効率的にウイルスを不活化できる新たな方法の開発が求められていた。
そこで期待されているのが、「酸化チタン」などに代表される光触媒だ。最近も、その詳細なメカニズムはまだ解明されていないが、紫外線を用いた酸化チタン光触媒による、液体中のSARS-CoV-2の不活化能が報告されている。
紫外線ではなく可視光線を利用できることがベストであるが、可視光線を利用した酸化チタン光触媒が液体中のSARS-CoV-2を不活化できるか否か、さらに環境中でのSARS-CoV-2の感染経路として重要なエアロゾル中での効果などについては、まだ明らかになっていなかった。
そこで研究チームは今回、120L(40cm×50cm×60cm)のアクリルボックス中に咳と同等のサイズ(粒子径5μm)のエアロゾル化したSARS-CoV-2を噴霧し、アクリルボックス中に酸化チタン光触媒を搭載した空気清浄機をセットし、その効果を確認するための実験を実施。その結果、エアロゾル中のSARS-CoV-2を、20分間で99.9%不活化できることが明らかとなったという。
また、3cm角の光触媒をコーティングしたガラスシートにウイルス液を2ml滴下し、405nmの可視光で励起して反応させることで、液体中のSARS-CoV-2も120分で99.9%不活化されることも確認された。
さらに、なぜ光触媒が不活化できるのかを調べるため、電子顕微鏡を用いた解析が行われた結果、光触媒反応によってSARS-CoV-2の数が減少すること、SARS-CoV-2のサイズが大きくなること、SARS-CoV-2表面のスパイク(S)タンパク質の数が減少することなどが明らかとなった。この電子顕微鏡による観察結果は、光触媒反応がSARS-CoV-2自体へのダメージ、特に脂質二重膜へ損傷を与えていることと、Sタンパク質を分解していることを示唆しているという。
加えて、液体中での120分間の光触媒反応によって、Sタンパク質およびヌクレオシド(N)タンパク質が分解されることが、ウェスタンブロッティング法により証明された。Sタンパク質は、よくヒトの細胞に侵入するための鍵に例えられるSARS-CoV-2にとっては重要なタンパク質で、Nタンパク質もSARS-CoV-2の生活環に重要なタンパク質だ。これらのタンパク質が分解しているということは、光触媒によるSARS-CoV-2の不活化メカニズムの1つと考えられるとしている。
同様に、液体中での120分間の光触媒反応によって、SARS-CoV-2のRNAが損傷を受けることもq-PCR法により証明された。RNAへの損傷は、ヒト細胞侵入後のSARS-CoV-2の産生を阻害することから、光触媒のSARS-CoV-2の不活化の重要なメカニズムと考えられるとしている。
光触媒反応は、紫外線のように人体への有害な作用がないことは確認済みだ。そのため、人々が生活する屋内空間において利用でき、SARS-CoV-2の感染リスクの減少に寄与すると考えられるという。
加えて、光触媒による酸化反応によりウイルスゲノム、ウイルスタンパク質およびウイルス粒子への損傷が惹起されることから、SARS-CoV-2だけでなく、光触媒は幅広いウイルスへの応用が期待されるとする。
また、ウイルスの種類に関係なく応用できるということは、現在脅威となっているSARS-CoV-2の変異株に対しても有効性が期待されるという。薬剤やワクチンの場合、それらが作用するSARS-CoV-2の部位に変異が加わることよって、標的となるウイルスが抵抗性を獲得し効果がなくなってしまう可能性がある。
それに対して光触媒反応では、発生したOHラジカル(活性酸素種)を武器とすることで、タンパク質(有機物)であれば何だろうと酸化してしまう。OHラジカルはあらゆる物質と反応すると考えられている。中でも有機物との反応はすさまじく、最終的には水やCO2にまで分解してしまうという。ウイルスは生物の範疇に含まれていないが、有機物で構成されている点は生物と共通である。つまり、Sタンパク質やNタンパク質、ウイルスメンブラン(脂質二重膜)やRNAなど、SARS-CoV-2を構成するありとあらゆるすべてがOHラジカルによる分解を防ぐことができないということである。
ウイルスが変異した結果、OHラジカルが効かない体質を獲得することが懸念されるかもしれないが、変異するとはいっても、Sタンパク質やNタンパク質、ウイルスメンブランなど、SARS-CoV-2の一部の形状が変わるなどして従来とは異なる特徴を備えることであり、有機物で構成されていることは変わらないため、どれだけ変異しようがOHラジカルに対しては無関係であり、光触媒の抗ウイルス効果が減少することはないという。
なお、今回の実験により、光触媒技術で空気中に浮遊するSARS-CoV-2の感染性を検出限界以下まで消失させることが実証されたことは、Withコロナの社会を実現するための安心できるクリーンな空間構築が期待されると研究チームでは説明する。それと同時に、現在脅威となっている変異株や新たな社会的脅威となり得る未知のウイルス感染症克服の道を拓くものであることから、今後、ますます光触媒技術の社会への貢献度が増すと考えられるとしている。