慶應義塾大学(慶大)、北里大学所、日本医療研究開発機構(AMED)の3者は5月20日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の主要な感染巣であるヒトの肺胞の細胞を、「オルガノイド培養技術」を用いることで効率的に増殖させる技術を開発し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬の効果判定を行う評価系を確立することに成功したと共同で発表した。
同成果は、慶大 医学部坂口光洋記念講座(オルガノイド医学)の佐藤俊朗教授、同・杉本真也助教、同・内科学(呼吸器)教室の胡谷俊樹特任助教、同・安田浩之専任講師、北里大学大村智記念研究所(ウイルス感染制御学)の片山和彦教授、同・芳賀慧特任助教、同・戸高玲子助手らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Cell Reports」に掲載された。
COVID-19の新規治療薬を開発することが難しい要因の1つとして、SARS-CoV-2に対する抗ウイルス薬の効果を、体外で判定する方法が確立されていないことが挙げられる。
特に、COVID-19は肺炎による重度の呼吸不全を引き起こすため、肺胞細胞における感染評価が重要だ。しかし、これまで治療薬の効果判定に使われてきた細胞は、アフリカミドリザルの腎臓や、ヒトの大腸に由来することが多く、ヒトの肺胞を用いた研究はこれまでなかったという。
これまでヒトの肺胞細胞を用いた感染評価が行われてこなかったのは、ひとえにヒトの肺胞細胞を長期に培養する方法が確立されていないためであり、そのことが、SARS-CoV-2の直接の感染巣である肺胞を用いて、治療薬の効果判定する上での障壁となっていたとする。
ヒト組織由来の正常肺胞細胞は、シャーレ上で培養する際、従来は増殖に必要な因子を供給する繊維芽細胞との共培養が必須と考えられていた。しかし、この方法では短期的な体外培養しか行うことができないという課題があったほか、繊維芽細胞がシャーレ上に含まれるため、肺胞細胞特異的な機能評価を行うことが困難という課題もあったという。
そこで今回、研究チームは、佐藤教授らが先行研究として開発していた「オルガノイド培養技術」を応用することで、繊維芽細胞を用いずに、肺胞細胞を立体的なミニチュア臓器としてシャーレ上で効率的に培養することに挑んだという。
従来の培養技術が細胞を2次元のシート状に培養するのに対し、オルガノイド培養技術は、3次元的に培養する点が特徴の1つ。細胞を増殖の足場となるジェルの上で、細胞を育てるいくつかのスイッチとなるタンパク質「増殖因子」を加えることにより、立体的な細胞塊を形成するように培養することで、胃、小腸、大腸、膵臓、肝臓などのさまざまな組織の正常およびがん細胞を、生体内での構造を維持したまま培養することができる技術として知られている。
今回の研究では、オルガノイド培養技術を応用して培養した肺胞細胞にSARS-CoV-2を感染させることで、COVID-19に対する治療薬の効果判定を行う評価系ができるのではないかとの考察から進められた。
その結果、「NRG1」という因子が肺胞の増殖に必要な役割を果たしていることが判明。これを培養液に添加することで、肺胞細胞の3次元培養の速度が当初比で2倍から3倍ほどに向上することが確認されたという。
また、肺胞細胞に対してSARS-CoV-2を直接感染させ、ウイルスが肺胞細胞(肺胞スフェロイド)に持続的に感染すること、ヒト胎内での感染応答と同じインターフェロン反応がシャーレ上でも起こるのかについての実験も実施、実際に実証することに成功したとする。
さらに、この感染モデルを用いて、SARS-CoV-2に感染した肺胞細胞に対して治療薬を投与し、経時的にウイルス量を測定することで、治療効果を判定する方法が確立された。
具体的には、当初は効果が期待されながらも大規模臨床試験の結果、効果が認められないという結論に至った「ロピナビル」では、やはりウイルスの増殖を抑えられないことが確認された一方で、現在では臨床現場でも用いられている「レムデシビル」が、肺胞において抗ウイルス効果を発揮していることが示され、実際のヒトの臨床を反映していることが確認されたという。
今回の成果を踏まえ研究グループでは今後、今回開発された評価系を用いることで、SARS-CoV-2をはじめとする、肺炎を起こすさまざまな呼吸器感染症の病態解明や治療薬開発につながることが期待されるとしている。