理化学研究所(理研)は5月19日、これまで陽子同士の間に働く核力と、中性子同士の間に働く核力は同じ大きさと考えられてきており、陽子36個・中性子34個で構成される「クリプトン-70」と陽子34個・中性子36個の「セレン-70」のように鏡映核の関係にある原子核では働く核力が同じなので形状も同じになると思われていたが、「クリプトン-70」と「セレン-70」では形状が大きく異なっており、「荷電対称性の破れ」があることを発見したと発表した。
同成果は、理研 仁科加速器科学研究センター RI物理研究室のカトリン・ウィマー客員研究員(現・スペイン・IEM-CSIC研究員)、ピーター・ドルネンバル専任研究員、櫻井博儀室長、フランス・CEA-IRFUのヴォルフラム・コルテン上級研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会発行の学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
原子核を構成する陽子と中性子は核力で結びついている。陽子と中性子の主な違いが電荷があるかないかの違いだけであることから、同じ大きさの核力が働くと考えられている。陽子同士の間で働く核力と、中性子同士の間で働く核力は同じであり、これが「荷電対称性」と言われている。
原子核の構造に荷電対称性が成立すると仮定した場合、原子核中の陽子を中性子に、中性子を陽子に変換しても原子核の性質は、陽子の違いによる電気的な効果を除くと同じになるはずである。そのような互いに陽子と中性子を入れ替えた関係にある原子核は「鏡映核」と言い、例えば陽子が8個・中性子が6個の「酸素-14」と、陽子が6個・中性子が8個の「炭素-14」は、互いに鏡映核の関係にあるとされている。
荷電対称性の研究は、核図表の拡大と共に軽い原子核からより重い原子核へと対象を広げてきており、質量数74までの原子核では、鏡映核同士の第1励起準位エネルギーについて荷電対称性が成立することがこれまでの研究からわかっている。一方、原子核の形状については、これまで実験的な制約から質量数50までしか研究されていなかったという。
こうした背景を受け、研究チームは2019年、陽子36個・中性子34個のクリプトン-70(70Kr)の励起準位エネルギーの観測を実施、基底状態と形状の異なる状態が存在している可能性を指摘していた。それを受け、今回の研究では、70Krの形状に関する情報を取得する実験を行うことにしたという。
具体的には、原子核の形状(変形度)を調べるため、クーロン励起法を用いて70Krの電気遷移確率の測定を実施することにしたという。
実験では、陽子36個・中性子42個のクリプトン-78(78Kr)を加速し、70Krの大強度ビームを生成。
実験で得られた70Krの電気遷移確率に対し、鏡映核であるセレン-70(70Se、陽子34個・中性子36個)、および「臭素-70」(70Br、陽子35個・中性子35個)の電気遷移確率との比較が行われたところ、70Krの実験値は予想値よりも大きく、70Krは70Seと比べて大きく変形していること、つまり荷電対称性が大きく破れていることが判明したという。
このようにして大きな荷電対称性の破れが発見されたが、現在の理論モデルでは説明できないため、なぜ荷電対称性が破れているのかは不明だという。
研究チームによると、観測された荷電対称性の大きな破れがクリプトンに特有の現象かどうかを調べるためには、今後、周辺の原子核の電気遷移確率を系統的に測定する必要があるという。これら稀少放射性同位体は現在、世界でも理研RIビームファクトリーでのみデータを取得可能なことから、同施設での研究展開が期待できるとする。
また、クーロン力は重い原子核ほど大きく、超重元素領域での核構造に大きな変化をもたらすため、今回の研究成果が契機となり、クーロン力が原子核の構造に与える影響について、理論研究の議論が活発になることが見込まれるともしているほか、重い原子核の成り立ちを深く理解することにより、核分裂やアルファ崩壊などに対する理解が進み、核のゴミ処理方法や宇宙での重元素生成などへの基礎研究へと発展していくことが期待できるともしている。