東京理科大学(理科大)と東京薬科大学(東薬大)は5月17日、マウスを用いた実験から、神経ペプチドや生体アミン(ドーパミンやノルエピネフリンなど)の分泌を調節するタンパク質である「CAPS2」が、“愛情ホルモン”として注目されている生理活性ペプチド「オキシトシン」の分泌を制御し、社会性行動障害にも関係していることを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、理科大理工学部 応用生物科学科の古市貞一教授、同・藤間秀平大学院生、同・佐野良威嘱託講師、東薬大の篠田陽准教授、群馬大学大学院 医学系研究科の定方哲史准教授、新潟大学 脳研究所の阿部学准教授、同・崎村健司フェローらの共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学を扱った学術誌「Journal of Neuroscience」にオンライン掲載された。
「自閉症スペクトラム症」(自閉症)は、社会的な相互作用やコミュニケーションの障害、および興味の限局と常同行動を特徴とする神経発達障害の1つで、人口100人当たり1人以上の高い有病率が報告されているが、その発症メカニズムはまだよくわかっていないとされている。
そうした中、研究チームはこれまでの研究から、一部の自閉症患者においてCAPS2遺伝子の選択的スプライシングに異常があることなどを報告してきたほか、2012年には、自閉症で発見された部分欠失型のCAPS2を発現するマウス(自閉症モデルマウス)の作製にも成功している。
CAPS2は「Ca2+-dependent activator protein for secretion 2」の略語で、神経ペプチドやペプチドホルモン、およびアミン系神経伝達物質(ドーパミンやノルエピネフリンなど)などを内包する有芯小胞の開口放出を促進して、ペプチド作動性およびカテコールアミン作動性の情報伝達に関係するタンパク質として知られる。
マウスにおけるCAPS2の欠損は、一部の神経細胞の成熟や生理機能への影響としては軽度だが、社会行動を損ない不安を亢進するという。稀に見られるde novo(個体において新たに発生した変異のこと)のCaps2遺伝子の一塩基変異やコピー数変異は、一部の自閉スペクトラム症でも検出されているが、CAPS2を介した分泌機構がどのように社会行動に関与しているかのという点と、どの分泌性物質が欠損したCAPS2の影響を受けて自閉症に関与しているのかという点は、まだよくわかっていなかったという。
その一方、これまでの研究から、オキシトシンの産生部位である視床下部と血中への分泌部位である脳下垂体において、CAPS2が存在していることを突き止めていた。
愛情ホルモンや「社会性神経ペプチド」などとして知られるオキシトシンは、視床下部の「室傍核」や「視索上核」に分布するオキシトシン産生神経細胞で合成される。オキシトシン産生神経細胞は、神経軸索(線維)を脳下垂体に伸長してオキシトシンを血中へ分泌し、分娩時の子宮収縮やそののちの乳汁分泌などを制御する末梢性の作用を持つほか、大脳皮質、海馬、腹側被蓋野、側坐核、外側中核核などへも伸長してオキシトシンを脳内へ分泌し、ストレス緩和や不安の軽減、他者との交流といった社会性行動の調節に関与していることが明らかになっている。
また、自閉症患者にオキシトシンを投与することで、社会性行動障害の改善に繋がることが知られていることから、研究チームは今回、「CAPS2がオキシトシンの分泌制御を調節し、その結果社会性行動にも関与しているのではないか」との仮説を立て、研究を行ったとする。
その結果、視床下部の室傍核のオキシトシン陽性神経細胞(および類似ペプチドのバソプレシンの陽性細胞)と、脳下垂体後葉の血管付近にてCAPS2の存在が確認できたとしており、CAPS2が血液中へのオキシトシン分泌に関与している可能性が示されたとする。
また、CAPS2の欠損がオキシトシンの分泌量にどのような影響を与えるのかの定量的な調査を行った結果、CAPS2を欠損させたマウス(CAPS2 KOマウス)では、正常なマウスと比べて血中のオキシトシン濃度が有意に低い一方、視床下部室傍核と脳下垂体では高いことが確認されたとのことで、これによりCAPS2がオキシトシン分泌に関与する可能性が強まったとしている。
こうした成果を踏まえ、研究チームでは、今回の研究では解析は行わなかったとしつつも、おそらくCAPS2 KOマウスの脳内における中枢性オキシトシン分泌量も同じように低下が予想されるとしている。
さらに、オキシトシンの投与によってCAPS2欠損による行動障害が改善されるのかをノックアウトマウスを使って社会性行動テストを行ったところ、社会的相互作用の持続時間に有意な減少が見られ、社会性行動に障害があることが判明したともしている。
加えて、先行研究から、オキシトシンの経鼻投与によって血液中やいくつかの脳領域でのオキシトシン濃度が上昇し、社会的な相互作用や絆の行動が増加することが人やマウスなどの動物モデルで明らかになっていることから、マウスへのオキシトシンの経鼻投与を実施。その結果、社会的相互作用時間が有意に増加し、障害に改善が見られたともしている。
なお、これらの結果を踏まえ研究チームでは、CAPS2がオキシトシンの分泌制御を調節し、その結果、社会性行動にも関与していることが明らかとなったとしている。また、今回の研究はまだ基礎的段階ではあるとしているものの、将来的に早期の分子診断法や有効な治療法への応用展開が期待される成果だとしている。