名古屋大学(名大)は5月14日、職場での社員の解雇など、集団から特定の人物を排斥するときの基準と、排斥するという決定を下したときの心の痛みを実験的に検討し、集団にわずかな利益しかもたらさない人物を排斥するときには心が痛みにくいことを明らかにしたと発表した。

同成果は、名大大学院 教育発達科学研究科の五十嵐祐准教授、高知工科大学 情報学群の玉井楓一助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、社会心理学を題材にした学術誌「European Journal of Social Psychology」に掲載された。

企業における社員の解雇など、集団から特定の人物を追放することは決して珍しいわけではない。社会心理学ではこうした追放のことを「排斥(はいせき:ostracism)」と呼ぶ。

排斥された人たちがとても強い心の痛みを感じているのは説明するまでもないが、現代では、人は「人々はお互いを受け入れ合うべき」と考えるため、排斥した人もまた心を痛めるとされている。企業において、部下に解雇を告げても平然としていられる人もいるかもしれないが、できればそんなことは伝えたくない、と感じている人の方も多いと考えられている。

このように他者を排斥することに心を痛めるはずの人が、なぜ痛い思いをしてまで排斥を行ってしまうのか、その謎を確かめるために共同研究チームは実験を行うことにしたという。

今回の研究では、実験参加者1名と、Aさん、Bさん、Sさん、Lさんという架空の人物の5名の集団で、お互いに協力し合いながら利益を上げている状況から、資源が少なくなってきたため、集団を存続させるためには1名を排斥しなければならない状況であることを実験参加者に伝え、実験の本番に挑んでもらったという。

本番は、実験参加者に2名の人物がほかのメンバーにもたらす利益の量が描かれたグラフが渡され、どちらを排斥するかを決定してもらうもので、1名は、集団に多くの利益をもたらすが参加者自身にはわずかな利益しかもたらさない人物、もう1名は、集団にはわずかな利益しかもたらさないが参加者自身には利益をもたらす人物となっていた。

実験参加者には、排斥メンバーを決定してもらった後、排斥する人物を決めたときの心の痛みについて、1点「まったく痛まなかった」~6点「最悪の痛み」までの6段階にわけて回答してもらい、グラフの数字を変更しながら合計40回にわたって実施したという。

  • 排斥における心理状態

    (A)実験の概略。(B)グラフの例 (出所:名大プレスリリースPDF)

その結果、排斥の候補である人物の集団への貢献度に大きな差があるときほど、集団への貢献度が少ない人物が排斥される確率が高くなることが明らかとなった。このとき、集団への貢献度が少ない人物は、排斥する人にとっては得になる人物として設定されていたという。つまりこの結果は、集団の利益になるのであれば、人は自らの利益となる人物さえも排斥してしまうことを示していると研究チームでは説明する。

  • 排斥における心理状態

    (左)参加者の利益になる人物を排斥する確率。(右)排斥したときの心の痛みの変化 (出所:名大プレスリリースPDF)

また、排斥する人物が集団にもたらす利益が多い人物であったときほど、排斥したあとの心の痛みが強くなることも判明。これは、集団にもたらす利益の量が少ない人物を排斥しても、心が痛みにくいことが示されたと解釈できると研究チームでは説明しているほか、これらの結果は、異なる人々を対象に行った4つの実験を通じて一貫して再現されることも確認されたとする。

今回の成果により、集団にもたらす利益量の多寡が、排斥を実行するかどうかの1つの基準であり、集団のために排斥する場合、心の痛みが抑制されている可能性が示されたという。ただし、今回の実験では、心の痛みを自己報告で行っているため、集団にもたらす利益の量が少ない人物を排斥したとき、そもそも心の痛みが生じていないのか、それとも一度は心を痛めながらも、そうした痛みを抑え込んだのかは明らかになっていないともしている。

なお、研究チームでは、こうした細かな心の働きを明らかにするためには、神経科学の手法などと組み合わせて検討を続けることが有効だと考えられるとするほか、こうした研究が進展することで、多くの社会で採用されている解雇や更迭といった「集団からメンバーを追放する決まり」が、どのような心の仕組みで成立しているのかを明らかにすることができると考えられるとしている。