東京都立大学(都立大)は4月28日、キラルなアクティブマターの流体で存在する「反対称粘性率」によって、平衡状態では存在することができない流体力学的な「揚力」が発生することを理論的に予測したことを発表した。
同成果は、都立大大学院 理学研究科の保阪悠人大学院生、同・好村滋行准教授、イスラエル・テルアビブ大学のDavid Andelman教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会発行の学術誌「Physical Review E」に掲載された。
アクティブマターは、自発的に運動する要素から構成される非平衡系の総称で、鳥や魚の集団運動や微生物の水中運動などとして知られているほか、より小さいスケールではタンパク質、酵素、分子モーターなどのマイクロマシンもアクティブマターに該当し、物理学、化学、生物学などをクロスオーバーする形で活発に研究されている。
アクティブマターの中でも、構成要素自身が自発的に回転している系はキラルなアクティブマターと呼ばれ、時間と空間の反転に関する対称性が破れているの特徴を有していることが知られている。
また、近年、「反対称粘性率」と呼ばれる物理量が、キラルなアクティブ流体で注目を集めているという。反対称粘性率とは、時間と空間の反転に関する対称性がない系で予測される特異的な粘性率のことで、通常の粘性率と異なり、反対称粘性率はエネルギーの散逸に寄与しない点が特徴とされている。
その概念は1995年に登場し、2000年以降のアクティブマターの研究の発展にともない、時間反転対称性を破るマイクロマシンを含む流体でも、反対称粘性率が存在することが指摘されるようになってきており、最近の実験から、磁性体微粒子の集合体に磁場を印加すると、粒子集団の境界で一方向の流れ(エッジフロー)が生じることが報告されているという。
反対称粘性率を有するアクティブな二次元流体において、流体力学的な応答に関する研究は、通常の二次元流体の場合、“ストークスのパラドックス”により、流体中の円盤に働く力と速度の間に比例関係が成立しないため、これまで行われてこなかったという。ただし、二次元流体に三次元流体が接触していれば、二次元流体の運動量が三次元流体に散逸するため、ストークスのパラドックスは回避されることが考えられていたが、運動量散逸をともなう二次元流体がキラルなアクティブ流体の場合、どのような流体力学的な応答が生じるのかはわかっていなかったという。
そこで研究チームは今回、反対称粘性率を有するキラルなアクティブ流体の理論的な解析として、隣接する三次元流体に運動量が散逸するアクティブな二次元流体を考え、反対称粘性率を含む流体方程式が導出する形で実施したという。
キラルなアクティブ流体で流体力学的応答の計算が行われた結果、反対称粘性率がない場合には(平衡系)、流れが横軸方向に対して完全に対称となることが判明したという。
一方、反対称粘性率が存在する場合には(非平衡系)、流れが横軸方向に対して非対称になることも明らかとなったとしており、これは、反対称粘性率の存在によって、回転的な流れが生じることを示しているという。また、マイクロマシンの自転方向が逆転して反対称粘性率の符号が反転すると、逆の非対称性を持つ流れが生じることも確認されたとする。
さらに、このアクティブな二次元流体中を一方向に運動する円盤に働く力を求めたところ、反対称粘性率の影響で抵抗力が平衡系よりも大きくなるという結果が得られたとするほか、反対称粘性率の存在によって、円盤の移動方向に垂直な揚力が生じることが示されたという。これは、キラルなアクティブ流体のみで見られる新しい効果で、この揚力は、回転しながら進む物体にその進行方向に垂直な力が働く「マグヌス効果」と類似しているという。
ただし、今回発見された揚力の発生起源は、キラルなアクティブ流体中の円盤にあるのではなく、反対称粘性率を持つアクティブな二次元流体に起因する点が本質的に異なっているとしている。
なお、研究チームでは、今回の研究で発見された揚力は、キラルなアクティブ流体の非相反性に起因しており、その非平衡性が本質的な役割を果たしているとする。今後は、今回の研究で予測された揚力の存在を実験的に検証する必要があるとしており、具体的に想定される実験系として、界面活性剤分子を気液界面上に展開した「ラングミュア膜」が考えられ、そこに回転分子モーターを導入するとしている。