宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月27日、小惑星探査機「はやぶさ2」に関するオンライン記者説明会を開催。同探査機が持ち帰ったリュウグウ試料で分光観測を行ったところ、水や有機物の特徴が確認されたことを明らかにした。また探査機の状況については、一部機器で故障が発生しているとのことで、やや気がかりなところだ。

2.7μmのほか3.4μmでも吸収を確認

リュウグウ試料は現在、キュレーション作業を実施しているところで、その一環として、1月からバルク試料の分光観測が行われている。この作業では、1~4μmの連続分光が可能な「FTIR」(フーリエ変換型赤外分光測定装置)と、0.99~3.65μmで顕微鏡観察できる「MicrOmega」(赤外分光顕微鏡)が活用されている。

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    「FTIR」(フーリエ変換型赤外分光測定装置)の概要 (C)JAXA

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    「MicrOmega」(赤外分光顕微鏡)の概要 (C)JAXA

この結果、2.7μm付近と3.4μm付近において、それぞれ吸収が見られたという。2.7μmは水(水酸基)、3.4μmは有機物や炭酸塩の吸収帯であるため、その存在が示唆される。2.7μm付近の吸収は、はやぶさ2の近赤外分光計「NIRS3」によるリュウグウ観測でも確認されており、それを補強する観測結果と言える。

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    MicrOmegaの撮影画像。赤色が水酸基を多く含む粒子と考えられる (C)JAXA

一方3.4μm付近の吸収は、NIRS3のレンジ外だったため、確認は今回が初めて。リュウグウは全体的に黒っぽく(=反射率が低い)、有機物の存在が示唆されてはいたが、吸収帯が確認できたことで、より直接的な証拠を得たと言えるだろう。

ただ、今回はあくまでカタログ化の作業であるため、試料の非破壊・非汚染が前提。やれることには限界があり、水や有機物の存在を実証するには、より本格的な観測ができる初期分析などを待つ必要がある。

MicrOmega担当の岡田達明氏(JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 准教授)は、「間違いなく存在すると言うためには、様々な種類の測定が必要」と指摘。「たとえば表面を削って綺麗にすれば、測定の精度が上がる。これが次の段階になる」と、今後の分析に期待した。

キュレーション作業を率いている臼井寛裕氏(JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授)は、「リモートセンシング(遠隔観測)は手が届かない少しこそばゆい解析が続くが、サンプルリターンは触って分析できるのが大きな違い」とし、「登山で言えば、今は雲海を越えて頂上が見えた状態。あとは走れば良いだけ」と、意気込みを述べた。

リュウグウに現れたネコの正体は?

そのほか今回の説明会では、2件の科学成果についても報告があった。1つめは、はやぶさ2の光学航法カメラ「ONC-T」の観測結果によるもので、リュウグウの赤道付近で0.7μmの吸収が強いことを確認できたという。この0.7μmも水酸基の吸収帯の1つ。これは含水鉱物の分布を示していると考えられる。

ONC-Tは7枚のフィルタを備えており、0.55μm、0.7μm、0.86μmの3種類を使って撮影した画像を比較することで、0.7μmの吸収量を算出した。吸収量の地域差はわずか0.5%ほどしかなかったものの、吸収量の強弱で色づけしたところ、リュウグウ上に、まるでネコのような模様が浮かび上がった。

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    右がネコ模様。青色は吸収量が多いことを示している (C)JAXA

しかし、他の撮影場所でも同じようなネコ模様が出ることから、これは自然現象ではなく、装置側の問題であることが判明。ONC開発副責任者の亀田真吾氏(立教大学 理学部物理学科 教授)は、「かなりガッカリした」そうだが、ここからデータの補正に着手。「ネコとの戦い」(亀田教授)が始まった。

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    全く関係ない別の場所でも、同じようにネコ模様が出た (C)JAXA

これは、もともと3~4%の吸収の検出を目的としており、精度は1%程度を想定していたことが原因だった。しかしリュウグウは事前に期待していたよりも乾いており、吸収量が少なかった。0.5%という地域差は精度以下でしかなく、装置の感度ムラが表面化したというわけだ。

感度のムラは、打ち上げ前に室温で確認しており、そのデータを元に補正していたが、宇宙空間では-30℃程度の低温となるので、センサーの特性がわずかに変わっていた。そこで、リュウグウで撮影した画像288枚を使い、誤差を平均化することで再補正。精度が2~3倍向上し、ネコ模様を消すことに成功した。

再補正後のデータからは、低緯度側で吸収がやや強いことが分かった。はやぶさ2がタッチダウンしたのも低緯度であるため、帰還したリュウグウ試料の中に、含水鉱物があることへの期待が高まったと言えるだろう。

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    右上が再補正後のデータ。赤道付近が青く、吸収が多いことが分かる (C)JAXA

偏光度は太陽系小天体の最大値を更新

もう1つの科学成果は、地上望遠鏡によるリュウグウの偏光観測の結果だ。この偏光観測については、以前コチラの記事でも紹介したが、リュウグウのような暗い小惑星は、偏光度が高くなる傾向があることが分かっている。昨年9~12月に観測したところ、「太陽系小天体としては観測史上最大」となることが明らかになったという。

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    グラフの赤点がリュウグウの偏光度。横軸は位相角だ (C)京都大学、JAXA

太陽光が天体表面で反射したとき、振動の方向には偏りができる。この強弱の程度が偏光度だ。偏光度は位相角の変化によっても増減し、100°前後のときに最大となることが分かっているが、偏光度は物質の種類、形状、大きさに依存するため、最大値や傾向は天体ごとに異なる。

ただ位相角は、太陽、天体、地球の位置関係で決まるため、大きい位相角で観測できるのは、地球近傍小惑星や彗星など一部の天体に限られる。それにいつでも大きい位相角で観測できるわけでもないので、リュウグウが地球に接近する今回のようなタイミングは、非常に貴重な機会だった。

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    右の図を見ると、位相角の位置関係が分かりやすい (C)京都大学、JAXA

今回の観測により、リュウグウの偏光度は、最大53%という非常に高い値であることが分かった。この原因としては、

  1. 表面の大部分に1mm以下の微粒子がある
  2. 1mm以下の微粒子が集まって大きな石を構成している

の2つが考えられるが、表面に投下されたランダー「MASCOT」による撮影画像との整合性を考えると、上記(2)である可能性が高い。

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    MASCOTの撮影画像には、大きな岩がたくさん写っていた (C)MASCOT/DLR/JAXA

偏光度が高い天体としては、リュウグウのほかに深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」の目的天体であるPhaethonなどが知られているが、表面の状態が全く分からないため、要因を特定することは難しかった。

しかしリュウグウは、はやぶさ2による探査で、表面の状態が良く分かっている。持ち帰った試料もあるので、この偏光度を測定すれば、表面構造と偏光度との関係性を直接調べることができる。もしこの関係が分かれば、地上からの偏光観測により、天体の表面状態を推定する手かがりとなり得る。

地上観測チームの黒田大介氏(京都大学 理学研究科 特定助教)は、「探査に頼らず、偏光度から表面状態の推定ができるようになると、数多くの天体進化の履歴を追跡できるようになる」と指摘。「太陽系の起源と進化の解明に大きく貢献する」と期待した。

探査機の状況、故障による影響はある?

はやぶさ2は地球帰還まで大きなトラブルも無く、極めて順調な旅を続けていたが、「分離カメラ制御部」(CAM-C)と保温ヒーターの一部に故障が発生したという。どちらも拡張ミッションで大きな支障とはならないものの、探査機はすでに設計寿命を越え、これから先は未知の領域。厳しさはいっそう増していくかもしれない。

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    探査機の状況。順調なはやぶさ2でも、さすがに故障が発生し始めた (C)JAXA

CAM-Cは、「分離カメラ」(DCAM3)と「サンプラーホーンモニターカメラ」(CAM-H)を制御している装置。DCAM3はリュウグウですでに放出しており関係ないが、CAM-Cが故障したことで、CAM-Hによる撮影は不可能になってしまった。ただリュウグウでのタッチダウンでは迫力ある画像を届け、役割は十分に果たしたと言える。

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    CAM-Hが撮影した画像。はやぶさ2を代表するような大きな成果だった (C)JAXA

津田雄一プロジェクトマネージャによれば、地球帰還時に起動を試みたができず、問題が明らかになったという。原因として考えられるのは、放射線による半導体の劣化。CAM-Cは非常に小型で高機能が求められたため、民生品の利用率が高かった。耐放射線の面では、「弱い部分からやられ始めた」(津田プロマネ)と言える。

気になるのは、他の機器は大丈夫か、ということだ。はやぶさ2には、光学カメラとしてONC-T/W1/W2もあり、もしこれらも壊れると、航法や観測に大きな支障が出てしまう。ただ、ONCのようにミッションの根幹に関わる機器では、宇宙用部品が使われている。それでもいずれは問題が起きる可能性はあるものの、まずは安心材料だ。

またヒーターは、スラスタの保温に使っているものだ。ヒーターは探査機全体で200chほどあり、その中の2カ所が故障。12基のスラスタのうち、2基が影響を受けるという。ただ、このヒーターは噴射口の出口にあるが、その上流にあるヒーターを使うことで、配管を熱が伝わり、温めることは可能ということだ。

津田プロマネは、「10年も続く拡張ミッションの中では、この手のことはどんどん起きてくると覚悟している」とコメント。「探査機の劣化状況を蓄積・経験することも拡張ミッションの目的の1つ。長期宇宙飛行の貴重な機会を有効に活用したい」とした。