米国航空宇宙局(NASA)は2021年4月25日、火星ヘリコプター「インジェニュイティ」の3回目の飛行試験を行い、これまでよりも速く、遠くへ飛行することに成功したと発表した。

装備した航法カメラの画像をリアルタイムで処理しながら飛ぶ、完全な自律飛行にも成功した。

NASAでは、今後のさらなる飛行試験だけでなく、将来の実用的な火星ヘリコプターの実現にもつながる、大きな成果としている。

NASAの火星探査車パーサヴィアランスのカメラが撮影した、インジェニュイティの飛行の様子。画面の左から離陸し、右へ飛行してカメラの視界から出たあと、戻ってきて着陸した (C) NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS

インジェニュイティ、より速く、遠くへ飛行

インジェニュイティ(Ingenuity)は、NASAジェット推進研究所(JPL)が開発した小型の無人ヘリコプターで、昨年7月に火星探査車「パーサヴィアランス」に搭載されて火星へ送られ、今年2月に到着した。

そして、4月19日に初飛行に挑み、高度約10ft(約3m)まで上昇したのち、30秒間にわたりホバリング。その後降下し、無事に着陸した。飛行時間は39.1秒間だった。地球以外の天体で、航空機が動力飛行に成功したのは史上初であり、1903年にライト兄弟が「ライトフライヤー」による初の動力飛行に成功したことと並ぶ歴史的快挙となった。

その3日後の22日には、2回目の飛行を実施。高度約16ft(約5m)まで上昇したのち、機体を少し傾け、約7ft(約2m)ほど横に移動。さらにその場で旋回しカラー写真を撮影し、もとの場所に戻って着陸。飛行時間は51.9秒で、1回目の飛行よりも長く飛行するとともに、新たな技術実証にも成功した。

そして3回目の飛行となった今回、インジェニュイティはさらに新しい課題に挑んだ。

インジェニュイティは日本時間25日17時31分(米太平洋夏時間同日1時31分)、あらかじめ設定された飛行ゾーン「ライト兄弟フィールド」の中央部から離陸し、高度約16ft(約5m)まで上昇。そして約50mの距離を、最高速度2m/sで飛行したのち、今度は反対に約50m飛行。離陸した場所へと舞い戻り、無事に着陸した。飛行時間は約80秒にわたり、これまでの2回の飛行試験よりも速く、遠くへ飛行することに成功した。

そのデータは、パーサヴィアランスへ送られ、続いて火星を回る探査機を中継し、23時16分(7時16分)に地球に届き、JPLの運用チームは歓声に沸いた。

  • インジェニュイティ

    インジェニュイティが2回目の飛行試験の際に、上空から撮影した火星の地表 (C) NASA/JPL-Caltech

完全な自律飛行にも成功

今回の飛行試験ではまた、インジェニュイティに搭載されている航法カメラのデータを、オンボードで処理しながら飛行する試験も行われた。

これまでの試験では、試験の数時間前に地球から送られた指示にしたがって飛行していた。しかし今回は、そうした指示の代わりに、インジェニュイティのコンピューターが、航法カメラの画像から地表の様子を読み取りながら飛行した。

この場合、飛行距離が長ければ長いほど、より多くの画像を撮影、処理する必要があるばかりか、飛行速度が速すぎると、飛行アルゴリズムが地表の特徴を把握できなくなる危険性もあるが、インジェニュイティはこともなげに成し遂げた。

インジェニュイティのプロジェクト・マネージャーを務める、JPLのミミ・アウン(MiMi Aung)氏は「地上にある試験チャンバーのサイズを超えて、航法カメラのアルゴリズムが長距離を飛行するのを見たのは初めてです」と語る。

JPLには、薄い火星の大気を再現したチャンバーがあり、インジェニュイティはあらかじめ、その中で飛行試験を繰り返したうえで火星へ送られた。しかし、このチャンバーは狭く、どの方向へも0.5m以上動けるスペースはない。そのため、実際に火星で、長距離を速いスピードで飛行するのは大きな挑戦だったのである。

  • インジェニュイティ

    3回目の飛行試験中のインジェニュイティが捉えた自身の影 (C) NASA/JPL-Caltech

インジェニュイティのソフトウェアの開発にたずさわったゲリク・クビアク(Gerik Kubiak)氏は「カメラが地面を追いかけるためには、多くのことがうまくいかなければなりません。地表の特徴を追跡するアルゴリズムはもちろんのこと、カメラの露出も適正でなければなりません。また、ダストがあるとカメラの性能に支障をきたし、さらにソフトウェアには安定したパフォーマンスが求められます」と語る。

「地上のチャンバー内では、緊急着陸ボタンがあり、さまざまな安全装置がありました。しかし、もちろん火星にはそんなものはありません。私たちは、インジェニュイティがこれらの機能なしに自由に飛行できるよう、できる限りの準備をしました」(クビアク氏)。

また、インジェニュイティのプログラム・エクゼクティブを務めるデイヴ・ラヴェリー(Dave Lavery)氏は「今日の飛行は、私たちが計画していたとおりだったとはいえ、驚くべきものでした。将来の火星探査に空からの視点を加えることを可能にする、重要な能力を実証することができました」と語る。

運用チームはさらに、近日中に4回目の飛行試験も計画している。詳細は明らかにされていないが、今回よりもさらに速く、遠く飛ばすことを検討しているという。

  • インジェニュイティ

    飛行を待つインジェニュイティ (C) NASA/JPL-Caltech/ASU

参考文献

NASA’s Ingenuity Mars Helicopter Flies Faster, Farther on Third Flight | NASA
Mars Helicopter - NASA Mars
NASA's Ingenuity Mars Helicopter Logs Second Successful Flight
6 Things to Know About NASA's Ingenuity Mars Helicopter