東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)ならびに国立天文台ハワイ観測所は4月22日、国立天文台がハワイ・マウナケア山頂で運用するすばる望遠鏡の次世代基幹観測装置の1つとして、Kavli IPMUを中心とした国際チームがで開発を進めている「超広視野多天体分光器(PFS:Prime Focus Spectrograph)」プロジェクトにおいて、同装置の一部を使った試験での初観測に成功したことを発表した。

PFSの開発は、中心研究者をKavli IPMUの村山斉主任研究者(Kavli IPMU前機構長)が、プロジェクトサイエンティストをKavli IPMUの高田昌広主任研究者が、プロジェクトマネージャーをKavli IPMUの田村直之特任准教授が担当しており、さらに海外6か国20以上の機関が装置を開発するという国際共同で進められている。

すばるPFSプロジェクトは、すばる望遠鏡に多天体同時観測と幅広い波長域での観測能力を付加しようというもので、これによりダークマターやダークエネルギーの謎、宇宙初期から銀河の歴史(進化)の解明などにつなげることを目指している。

PFSは主に、主焦点装置、分光器、メトロロジカメラ、ファイバーケーブルユニットの4種類の装置で構成されている。

主焦点装置は、すばる望遠鏡の主焦点に設置され、2394本の光ファイバーを使って天体の光を集める装置。光ファイバーの1本1本が1つの天体からの光を取得することで、約2400の天体の光を一度に分光することを可能とするものとなる。

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    PFSを構成する4つの装置 (c) PFS Project/Kavli IPMU/NAOJ (出所:国立天文台すばる望遠鏡Webサイト)

また、PFSのメインといえる「分光器」は、同じデザインの装置4台で構成され、4台それぞれが青、赤、近赤外の3種類のカメラ(CCD検出器)を搭載し、近紫外線から近赤外線まで、切れ目なく380~1260nmという幅広い波長範囲に対応することが可能となっている。この幅広い波長範囲は、広い赤方偏移範囲に対応するためのもので、宇宙膨張による後退速度が異なるさまざまな距離(もしくは時代)の銀河を観測することが可能だ。近赤外線カメラを除く1台目の分光器は2019年12月にハワイ観測所に輸送されており、すばる望遠鏡での組み上げと調整を終了済みだ。

3つ目となるメトロロジカメラは、すばる望遠鏡のカセグレン焦点に設置され、約2400本の光ファイバーの位置を一挙に測定するカメラ。4つの装置のうちで最も早い2018年4月にハワイ観測所に輸送され、すでにすばる望遠鏡に設置済みである。

そして4つ目のファイバーケーブルユニットは全長55mあり、主焦点装置と分光器をつなぐ役割を担う。単なるケーブルではなく、主焦点装置がとらえた星からの光を正確に分光器に伝える役割を担う重要な存在として位置付けられている。現在、英国で基礎的な製作が行われた後、ブラジル宇宙物理実験局(LNA)で仕上げの組み上げが行われているという。分光器4台に対応して4本あり、そのうちの1本目は2020年末にハワイ乾燥所に輸送され、2021年2月にすばる望遠鏡において施設された。

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    ファイバーケーブルユニットの構成図 (c) PFS Project (出所:国立天文台すばる望遠鏡Webサイト)

さらに同じ2月、夜空のスペクトルを調査するため、すばる望遠鏡のスパイダー部分に主焦点装置に代わりに取り付けられたのが、口径4cmの小型望遠鏡「SuNSS(Subaru Night-Sky Spectrograph)」で、2021年2月8日と10日の2日間に実施されたPFSの初観測は、主焦点装置の代わりにSuNSSを使って行われた。

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    (左)(a)すばる望遠鏡の主焦点装置を支える構造であるスパイダー部分に取り付けられたSuNSSとファイバーケーブルユニット。(b)SuNSS。(c)SuNSSとファイバーケーブルユニットの接続部分の拡大画像。(右)1目の分光器に接続されたファイバーケーブルユニット (c) PFS Project (出所:国立天文台すばる望遠鏡Webサイト)

今回の観測は試験観測本番に向けた予備試験、各種装置の動作チェックやキャリブレーションなどのためのものであるという。SuNSSがとらえた光は、ファイバーケーブルユニットを通して無事分光器に導かれ、スペクトルが取得された。PFSの分光器が、夜空のスペクトルを初めてとらえることに成功したとする。

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    試験観測で取得された夜空のスペクトル。上段の2つは分光器内の青(左)と赤(右)のカメラで得られた元画像だ。下段の2つは、データ解析パイプラインを用いて抽出されたスペクトルで、左のグラフは青と赤の2つの画像から抽出されたスペクトルが結合されたものだ。赤線1本1本が大気にあるヒドロキシ基(OH)などからの輝線だ(グラフの縦軸は相対的な明るさ)。右のグラフは、波長870~915nmの波長域(左図の青枠で囲まれた部分)を拡大したスペクトルで、緑色の線はOHの理論上の波長が示されている (c) PFS Project (出所:国立天文台すばる望遠鏡Webサイト)

なお分光観測において、分光器でとらえた画像を整形してスペクトルを取り出す際の課題の1つが「スカイ引き」と呼ばれるプロセスで、大気中のヒドロキシ基(OH)やオゾンが発する光は、「夜光(やこう)」として地上から観測する天体のスペクトルにノイズとして含まれてしまうため、ソフトウェアである「データ解析パイプライン」を使って画像処理する際に、この夜光ノイズを取り除く必要がある。

PFSの本観測では一部のファイバーを使って夜光を観測しノイズとなるスペクトルを見積もる予定としているが、どのファイバーを使ってもこれが正確にできるようにするには、分光器の検出器中の場所に応じた像の特徴を事前に調べておく必要がある。SuNSSを用いることで、実際に分光器で観測される夜光の状況を再現できることから、今回の成果はデータ解析パイプラインの開発に進展をもたらすという。しかも、SuNSSがあれば主焦点装置が到着していなくても夜空を観測することが可能なため、到着するまで間の時間の有効活用として、今後はすばる望遠鏡から見える夜空を長時間モニタリングして変化を調べ、そのデータを用いて装置の特性調査やソフトウェアの開発を引き続き進めていく予定としている。