宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月18日、前日より実施していたH3ロケットの極低温点検(F-0)について、結果を報告した。これは、種子島の射点にロケットを初めて出して、打ち上げ手順等の課題を洗い出す、非常に重要な試験。H3はLE-9エンジン開発の遅れにより、初飛行を1年延期していたが、現状について、改めてまとめておこう。
レアな黒フェアリング姿で登場
H3ロケット初号機のコア機体(第1段と第2段)は、1月末に種子島へ到着。射場の整備組立棟(VAB)にて、移動発射台(ML)の上に機体を組み立てる作業(VOS:Vehicle On Stand)が開始され、2月6日には、コア機体と固体ロケットブースタ(SRB-3)の結合が完了した。
今回の極低温点検では、実際に打ち上げるわけではないので、衛星は搭載しない。フェアリングもフライト用ではなく、開発時の試験で使われたものを再利用する。このフェアリングは未塗装のため、素材の色がそのまま出ており、黒い。フライト用は白く塗装されるので、黒いフェアリングのH3は極低温点検限定のレアな姿だ。
なお初号機はショートフェアリングを搭載する「H3-22S」型のため、全長はH-IIBよりやや大きい程度の57mになるのだが、今回の極低温点検で使われる試験用フェアリングはロングタイプなので、外形としては全長63mの「H3-22L」型に近い。様々なH3が見られるのも、試験の面白いところと言えるかもしれない。
極低温点検の目的は、打ち上げ時の作業性や手順を確認することだ。ロケットは飛行する機体だけでなく、地上設備や安全監理も融合した、非常に複雑なシステムである。問題が起きないよう設計しているものの、本当に問題が無いかどうか確かめるには、実際に機体を射点に出し、打ち上げを模擬して試すしかないのだ。
ちなみに「極低温点検」という名称であるが、これは、推進剤である液体水素と液体酸素が極低温であるところから来ている。試験では、着火直前(打ち上げの6.9秒前)までを本番と同じ手順でリハーサルするため、機体には初めて推進剤が充填される。充填後の機体が健全に動作するかどうかも大きなポイントの1つだ。
初めての機体、初めての作業に苦戦も
試験は3月17日の朝から始まったものの、激しい土砂降りにより、作業を一時中断。第2射点(LP2)への機体移動は、予定より21分遅れの6時51分に開始された。H3用に新たに開発された移動発射台(ML5)と運搬台車(ドーリー)を使い、H-IIBロケットと同じ4回曲がるコースを通り、LP2への移動は無事完了した。
H3ロケットはML5を経由して、地上設備から電力・推進剤・空調・高圧ガスの供給を受ける。推進剤については、自動で充填するようになっているのだが、配管の温度などが判断基準として設定されており、逸脱すると停止する仕組み。何度か手直しは必要だったものの、最終的にはスムーズに流れるようになったそうだ。
空調については、予想よりも圧力損失が大きいことが分かった。今回は、全体の圧力を上げることでカバーしたが、本番でもそうするのか、それとも配管を一部変更するのかは今後の検討事項とした。こういった対応のため、ここまでの時点において、時間は計画よりも3時間半オーバーとなった。
打ち上げ60分前(X-60分)までの作業では、タンク加圧用のヘリウムガス系統で調整が必要となったほか、作業手順を1つ1つ慎重に確認しながら進めたこともあり、全体的に遅延。ここでも2時間の超過となった。当初、模擬打ち上げ時刻(X-0)は19時30分に設定していたが、各作業での遅れが積み重なった結果、最終的には深夜1時9分に変更された。
ただ、大幅に遅れたものの、遅れ自体に問題はない。今回はあくまでも試験であるため、マージンは設定されておらず、何か予定外のことが起きれば、それだけ遅れることは元々想定されていた。本番の打ち上げでは、適切なマージンが設定され、作業時間が多少前後しても打ち上げ時刻に影響しないよう考えられているので、そこは異なる。
現行のH-IIA/Bロケットでは、天候以外の理由での延期があまりない、高いオンタイム打ち上げ率がアピールポイントだった。三菱重工業の奈良登喜雄プロジェクトマネージャは、「今回の結果を反映させ、さらに練度を上げていき、確立したオペレーションに仕上げてから打ち上げに臨む。H3でもオンタイム率をウリにしたい」と意気込みを述べた。
結果は良好で完成に向け大きく前進
カウントダウンは、予定通りX-6.9秒で自動停止。JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャは、「非常に良いデータが取れた。かなりの目的がこの時点で達成できたという感触を得た」と述べる。
当初、第2段の推進剤を減らして2回目のカウントダウンも実施する計画であったが、18日も不安定な天候が続き、7~10時ころには発雷の可能性があるとの予報が出ていた。1回目で十分なデータが取れたと判断し、ここで2回目はキャンセルすることを決めた。
2回目で第2段の推進剤を減らす予定だったのは、実際の打ち上げで、ミッションによっては、そうすることがあるからだ。タンク内の隙間が増えると加圧具合も変わるため、それを確認することが目的だったのだが、キャンセルする代わりに、追加で特別検証試験を実施し、良好な結果を得たとのこと。
岡田プロマネは今回の試験ついて、「学校のテストでいうとほぼ満点に近かった」と評価する。もしこの段階でシステムのインタフェースに間違いが見つかれば、大きな手戻りが発生してしまう。実際に各システムを組み合わせ、大きな問題が無いことが分かったということは、非常に大きな安心材料だろう。
2日間を通し天候が悪く、岡田プロマネは「技術と天気と戦ったイメージがある」と苦笑したが、「大きな山の1つを越えることができたと思っている」と、安堵の表情を見せた。
次の大きな試験としては、射点にロケットを立たせ、第1段エンジンを燃焼させる「実機型タンクステージ燃焼試験」(CFT)がある。計画通り2021年度内に初号機を打ち上げるためには、なるべく早くCFTを実施したいところだが、「LE-9の認定試験が山場。まだやることは多いが、まずはフライト用のエンジンを完成させたい」とコメントした。
LE-9では、ターボポンプと燃焼室で問題が見つかっていた。岡田プロマネは「燃焼室の開口の問題は、どう運転すれば良いのか、見極めつつあるところ。ターボポンプのタービン破損の問題は、共振現象の分析がかなり進んだ」とコメント。どちらも設計が固まる最終段階に来ており、「2021年度内の打ち上げに向けベストを尽くしたい」とした。