アプライド マテリアルズ(AMAT)のテクノロジーは、長年、AIを動かす半導体チップをお客様が製造するために用いられてきました。
そして2021年3月、AMATはお客様に提供するソリューションにおいてAIがいかに重要な位置を占めつつあるかを明らかにしました。「ExtractAI」テクノロジーは、光学ウェハ検査装置「Enlight」と電子ビームレビュー装置「SEMVision」をリアルタイムでインテリジェントにリンクし、適応力に優れたAIベースのパターン認識を通じて、歩留まりを損なう欠陥についての「実行性ある洞察」をプロセスエンジニアに提供することができるものです。
ExtractAIテクノロジーの導入は、半導体業界がAIの本格利用によってAIを創り出す新たな旅の始まりといえるでしょう。
AIという用語の定義を、今一度見直してはどうでしょう。一般にAIといえば「Artificial Intelligence(人工知能)」、すなわち人間の知能を模したものを指しますが、このコンセプトは数十年前からあり、現在実用化されているAIの用途とは必ずしも合致しません。昨今、我々が機械学習やAIを使うのは、パターン認識によって実世界の問題を解決するためであって、人間の英知と肩を並べるためではないのです。AIはデータを有用な情報に変えることはできますが、そうした新しい洞察に文脈を付加してよりよい結果を引き出すのは、あくまで人間の知能です。半導体業界においては、AIを“Actionable Insights”(実行性ある洞察)の略と定義した方がいいのではないかと思っています。「実行性ある洞察」の必要性が、これまでになく高まっているためです。
スタートを切る
新しいプロセスレシピを研究開発から量産に向けて進めるには、どうすればいいでしょうか?。理想的にはできるだけ迅速に、また誤差のマージンはなるべく広いのが良いでしょう。とはいえ、膨大な利害の影響があるため、ことは簡単ではありません。10万枚wspm(ウェハ投入/月:wafer starts per month)規模のファブを新設する場合、半導体メーカーの設備投資は80~180億ドルに上りますが、それだけではなく下流のテクノロジーエコシステム全体にも影響を及ぼすことになります。
では、それはどれほど難しいのでしょうか?。比較の意味で、ボードゲームを例に考えてみましょう。ゲームの複雑さは、ボードのサイズ、駒の種類や数、可能な指し手が増えるにつれて、指数関数的に増えます。チェッカーに比べるとチェスははるかに難しく、考え得る指し手の数は我々の知る全宇宙の原子の数よりも多く、そして、囲碁はそれよりさらに複雑です。では、ボードゲームの対戦でAIはどう進化してきたのでしょうか。1994年にはChinookというチェッカープログラムが、当時無敵だったマリオン・ティンズリー(Marion Tinsley)に勝ちました。1997年には、チェスチャンピオンのガルリ・カスパロフ(Garry Kasparov)がIBMのDeep Blueに敗れました。囲碁では2016年、1億人以上が見守る中でGoogleのAlphaGoがイ・セドル(Lee Sedol)と対局し、5局中4勝を収めました。
AIがチェッカーを制してからチェスを制するまでは割と短期間でしたが、囲碁を制するまでにはかなり時間がかかりました。それは、囲碁の盤面のほうがはるかに広いからです。碁盤には縦横19本の線があり、線が交差する点は361点で、碁石も同じく白黒合わせて361個使います。開始から2手目を打った時点で、次の手は130,000近くも考え得るのです。ではAIが、さらに進化したAIのための新しい半導体チップ作成に必要なプロセスレシピの作り方を学習するには、どれほどの期間を要するでしょうか? 残念ながら、それはだいぶ先の話になりそうです。その理由を説明しましょう。
AMATのプロセスシステムは、10,000通りの組み合わせを扱うことができ、チップ間配線形成などに用いられる統合プロセスでは、100万通りの組み合わせがあります。こうしたプロセスから生まれる材料はきわめて繊細な特質をもつ場合が多く、空気に触れたりプロセスに待ち時間があったりすると、すぐに特性が変わってしまいます。エッチングプロセスでは、プロセス調整項目が100以上もあります。チャンバ内には高圧パルスが発生し、コンポーネントは使用とともに劣化するなど、条件はリアルタイムで変化していきます。AMATのプロセスシステムは、何百個ものセンサを使ってこうした条件の変化をモニターし、年間1,000TB以上のデータを生成しています。
このプロセステクノロジーをボードゲームに例えるなら、さしずめ何色もの碁石を使い、一手ごとに碁盤の形が変わる三次元の囲碁といったところでしょうか。
つまり、新しいプロセスレシピの開発、移行、立ち上げはまだ体系立てられていないので、AIで答えを出すのは難しいのです。しかし利害影響度が大きいため、すぐにでもビッグデータの収集を始め、AIのパターン認識を使って「実行性ある洞察」を新たに発掘し、開発の促進、リスクの軽減、投資対効果の最大化を図るべきです。
ビッグデータで大局をつかむ
最も有益な成果を生むと思われるのは、AIを研究開発、立ち上げ、量産にまで取り入れる包括的な取り組みです。それにはデータが必要です。1つのプロセスステップだけではなく多くのステップから、あるいは1つのシステムだけではなくシステム群から、大量にデータを集めるのです。それには電子の耳、目、脳、つまりセンサ、画像処理、アルゴリズムを使えば可能となります。
AMATのプロセスシステムにはすでにセンサが数多く組み込まれています。例えば電子ビーム装置は、ウェハからペタバイト規模のデータを収集することができます。おそらく、もうデータは多すぎるくらい手にしているかもしれません。ただ、それが「実行性ある洞察」に十分つながっていない可能性があります。今必要なのは、データの意味を解釈する枠組みなのです。そして、干し草から針を探すようにレシピの最適な調整方法を見つけ出し、これを研究開発から製造まで展開して、PPAC(消費電力、性能、面積あたりコスト)を迅速かつより再現可能な方法で改善するのです。
実際のウェハを製造工程に投入して時間と資金をかけるずっと前の段階から、シミュレーションでバーチャルに試行錯誤を繰り返し、レシピを改良する--そんな世界がやがて現実となるでしょう。そうなれば水とエネルギーも節約できるようになります。
理想的なソリューションは、研究開発から量産へと続くプロセス開発のエコシステムを確立し、新しいプロセス技術が登場するたびにこのエコシステムを進化させるというものです。研究開発エンジニアには、実験環境のデジタル設計が必要で、それによって新たな材料や構造の開発を促進し、これらを既存のプロセスフローに組み込んでプロセスマージンを広げ、ばらつきを低減していくことができるようになります。つまり、新世代の技術において市場投入までの期間を短縮する、という課題が解決されるようになります。生産エンジニアは、歩留まりの課題とコスト削減に取り組んでいます。AIはその両面で知識と洞察を深め、実行性あるデータを実行性ある洞察に変換して、よりよい成果をより早く実現してくれるはずです。
AMATはExtractAIテクノロジーを通じて、AIでお客様に「実行性ある洞察(AI)」をもたらす、という新たなゲームの初手を打ったところです。この先もいろいろな手を繰り出していきますので、ご期待いただければと思っています。
著者プロフィール
Raman AchutharamanApplied Materials
グループバイスプレジデント、セミコンダクタ プロダクト グループ
エッチング&セレクティブプロダクトビジネスユニット、ジェネラルマネージャー 兼 戦略マーケティンググループ 責任者
インド工科大学マドラス校(チェンナイ)で金属工学の学士号、ミネソタ大学で材料科学工学の博士号を取得。
20を超える論文、レビュー記事、著書を執筆しているほか、複数の特許を保有する。