国立天文台、東京大学、茨城大学、広島大学、山口大学、総合研究大学院大学、工学院大学、計算基礎科学連携拠点などで構成される研究グループは4月14日、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)が観測に成功したM87の巨大ブラックホールが、観測時には極めて大人しい活動状態であったことが明らかになったことが分かったと発表した。

また、併せて観測結果と理論・シミュレーション研究の結果を比較することで、EHTで撮影されたリング構造(光子球面)の領域とは異なる場所からガンマ線が放射されていることが判明したことも発表された。

  • M87ブラックホール

    今回の観測キャンペーンに参加した望遠鏡がとらえたM87ブラックホール。さまざまな波長の電磁波で撮影されており、また解像度(視力)がそれぞれ異なるため見えているスケールは異なる (c) The EHT Multi-wavelength Science Working Group; the EHT Collaboration; ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); the EVN; the EAVN Collaboration; VLBA (NRAO); the GMVA; the Hubble Space Telescope; the Neil Gehrels Swift Observatory; the Chandra X-ray Observatory; the Nuclear Spectroscopic Telescope Array; the Fermi-LAT Collaboration; the H.E.S.S collaboration; the MAGIC collaboration; the VERITAS collaboration; NASA and ESA. Composition by J. C. Algaba (出所:EHT-Japan Webサイト)

同成果は、国立天文台水沢VLBI観測所(水沢観測所)の秦和弘助教、東大 宇宙線研究所の川島朋尚ICRRフェロー(特任研究員)、同・ダニエル・マジン特任准教授、水沢観測所の本間希樹 所長(教授)、工学院大学(教育推進機構)の紀基樹 客員研究員、広島大 宇宙科学センターの笹田真人 特任助教、総合研究大学院大 物理科学研究科 天文科学専攻のツェイ・ユズ大学院生、水沢観測所の田崎文得 特別客員研究員、同・小山友明 特任専門員のほか、32の国と地域から総勢760名を超える研究者を含む、EHTを含めた国際共同研究グループによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。

EHTで撮影されたブラックホールは、地球からおとめ座の方向約5500万光年の距離にある楕円銀河M87の中心に位置し、太陽質量の65億倍という、超大質量ブラックホールとして知られる。天の川銀河の中心にも超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」が存在するが、太陽質量の約400万倍であり、M87ブラックホールがどれほど巨大なブラックホールであるかが分かる。

ブラックホールの不思議な特徴の1つに、事象の地平面を越えれば光さえ脱出できなくなるほど強大な重力を有しながら、飲み込まれる寸前の物質の一部が非常に高いエネルギーの細長いガスである「ジェット」として放出されることがある。M87ブラックホールも巨大なジェットを噴出してきた過去があり、ジェットが長く伸びている様子が観測されていたが、そのメカニズムはよくわかっていなかった。

EHTによるブラックホールの観測では、黒い円の「ブラックホールシャドウ」と、その周囲のオレンジ色の明るいリング「光子球面」の撮影に成功したものの、その周囲に存在するはずのジェットをはっきりと写し出すことはできず、ブラックホール周辺の詳細な構造については未解明のままとなっていた。

さらに、M87ブラックホールは「活動銀河核」とも呼ばれ、しばしば電波からガンマ線に至るさまざまな波長で激しい高度変動を示すことが確認されていたが、EHTでの撮影が行われた磁気の活動状態についても、未解決の謎として残されていたという。

M87ブラックホールをEHTが2017年4月に撮影したときの望遠鏡ネットワークは、APEX(チリ)、アルマ望遠鏡(チリ)、IRAM30m望遠鏡(スペイン)、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(米国ハワイ)、アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)、サブミリ波干渉計(米国ハワイ)、サブミリ波望遠鏡(米国アリゾナ)、南極点望遠鏡(南極)の8施設だったが、実は同時期にさらに多くの望遠鏡が協力体制を敷いて観測を行っていたという。その数は電波望遠鏡、可視光線望遠鏡、ガンマ線望遠鏡、さらには地球周回軌道上に浮かぶ可視光線・紫外線望遠鏡やエックス線望遠鏡、ガンマ線望遠鏡など、合計19台(機・局)で、天文学史上最大規模の観測キャンペーンであったとする。

  • M87ブラックホール

    今回の観測に参加した望遠鏡のリスト (c) 国立天文台 (出所:EHT-Japan Webサイト)

こうした多数の望遠鏡による観測の結果、巨大ブラックホールから噴き出すジェットの根元近く(0.3光年)から5000光年ほどまで広がっている姿が、さまざまな波長の電磁波で明らかとなった。これは、いわばジェットの「多色画像」をとらえたことになるという。ほぼ同じタイミングで、これほど幅広い波長帯でブラックホールから放出されるジェットが描き出されたのは初めてのことだという。

  • M87ブラックホール

    EAVN(波長7mm)で撮影されたM87ブラックホールから噴出するジェット。ジェットの根元にはEHT(波長1mm)で撮影された巨大ブラックホールが存在する (c) EHT Collaboration, EAVN Collaboration (出所:EHT-Japan Webサイト)

今回の観測には、国立天文台水沢VLBI観測所が韓国・中国と共同で運用している東アジアVLBIネットワーク(EAVN)も参加。EHTの東アジア版ともいうべきVLBIネットワークで、今回の観測では13局の電波望遠鏡が参加。直径約5100kmの性能をもって、光子球面からおよそ数十倍外側のジェット領域において、ブラックホールから噴出して間もないジェットの形状や明るさなどを合計22晩(143.5時間、データ総量約600TB)にわたって詳細な観測を実施したという。ちなみにEAVNはEHTと同じVLBIネットワークだが、それぞれ特異とする観測領域が異なっており、研究グループでは、ブラックホールジェットの謎を解明するためには、ブラックホール本体付近の撮影が得意なEHTと、ジェットの撮影が得意な長波長の電波を用いたVLBI観測を同時に行う必要があったとしている。

  • M87ブラックホール

    日本・韓国・中国の3国が連携するEAVNの望遠鏡配置図。望遠鏡画像は2017年の観測キャンペーンに参加した13台の電波望遠鏡 (c) 国立天文台 (出所:EHT-Japan Webサイト)

これらの観測の結果、撮影時期のジェットがフレア現象を伴わない静穏な流れであったこと、ジェットの噴出方向がこれまでよく知られていた方向から大きく変化していること、ジェットの南側の領域が北側の領域よりも明るくなっていることなど、ジェット根元部分の詳しい様子が明らかになったという。

また、EAVNに加え、X線やガンマ線などの高エネルギー電磁波放射のデータ分析も行われた結果、EHTによる撮影が行われた2017年4月ごろのタイミングでは、M87ブラックホールの活動性が非常に静穏だったと結論づけられた。ブラックホールの活動が活発なときは、電波も含めたさまざまな波長の電磁波放射が強くなるが、今回の観測キャンペーン中ではそれがあまり強くなかったという。

さらに研究グループでは、国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を用いてM87ブラックホールについての理論・シミュレーション研究も実施。その結果と電波からガンマ線までの幅広い波長域の同時観測データとを総合的に比較することで、少なくとも今回の観測時期では、EHTで観測されるブラックホール近傍の電波放射領域とは異なる場所でガンマ線が放射されていると解釈することが最も自然であることが明らかとなった。

これまでは、「M87銀河中心部からの電波とガンマ線は、ブラックホール近くの同じ場所から放射されている」というのが定説だったが、放射領域サイズと明るさの時間変化による不確かさが残っていたという。今回、EHTによる光子球面のサイズ測定と、多波長同時観測データを組み合わせることによって、初めてこうした不定性を取り除いた議論を行うことができたとする。

加えて、この観測データとシンプルな一様等方球を仮定した理論モデルを用いて、慎重な比較が行われた結果、「ガンマ線は光子球面とは異なる広がった領域で放射されている」という、これまでの定説とは異なる示唆を得たとしており、この示唆について研究グループでは、ブラックホール近傍での電磁波放射メカニズムの謎を解明する大きなヒントとなるとしている。

  • M87ブラックホール

    M87ブラックホールの同時観測により得られた放射エネルギースペクトル(赤・オレンジ)と、理論計算により得られたスペクトル(青・緑)。電波放射とガンマ線放射が同じ場所で起きていると仮定し、EHTで観測される電波放射領域のサイズと放射の明るさを再現しようとすると、ガンマ線放射が暗くなり観測を再現できないことが確認された。ガンマ線は、EHTで観測された光子球面とは異なる場所で発生している可能性が高いという (c) The EHT Multi-wavelength Science Working Group (出所:EHT-Japan Webサイト)

今回の観測成果で注目すべき点の1つとして、地球に飛来する高エネルギー宇宙線の起源も挙げられている。宇宙線のエネルギーは、素粒子実験に用いる粒子加速器の100万倍にも達するという。こうした高エネルギー宇宙線の起源の1つとして超大質量ブラックホールが噴き出すジェットが想定されているが、その詳細はわかっていない。

その謎に迫る1つの手段が、最高エネルギーのガンマ線を観測することだ。今回の観測結果は、少なくとも2017年の観測時点では、巨大ブラックホールの事象の地平面周辺ではガンマ線が作られていないことが示された。この研究をさらに進展させるには、別のタイミングでの観測を重ねる必要があるとしている。

そのため研究グループでは今後もEHTによる、ブラックホールから噴出するジェットの構造と成因を明らかにするための観測を継続するとしており、2021年の時点では参加電波望遠鏡を3局増やして観測を行っているところだとしており、そうして得られる異なる時期の観測データを比較することによって、ブラックホールの活動性の違いやこれに伴って変化するジェットの構造、ブラックホール周囲の物質の性質、磁場構造など、ブラックホールに付随するさまざまな謎を解き明かすことにつながると研究グループでは説明している。