日本原子力研究開発機構(JAEA)は4月12日、量子効果の強い「イッテルビウム磁性体」が絶対零度近くの極低温に到達可能な優れた磁気冷却材であることを示したと発表した。

同成果は、JAEA 先端基礎研究センター 重元素材料物性研究グループの常盤欣文研究副主幹、独・アウグスブルグ大学のSebastian Bachus氏、同・Kavita Kavita氏、同・Anton Jesche氏、同・Alexander A. Tsirlin氏、同・Philipp Gegenwart氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、Nature系の材料科学を扱ったオープンアクセスジャーナル「Communications Materials」にオンライン掲載された。

絶対零度付近の極低温では、量子効果により超伝導や磁気抵抗がゼロになる「量子ホール効果」といった、通常は起こりえない現象が発生する。そうした現象を解明するための基礎研究が世界中で進められているほか、その応用に向けた研究も進められている。たとえば、通常の物質とは重力以外では相互作用しない未知の物質である暗黒物質の検出を目的としたセンサや、量子の重ね合わせを利用して計算を行う量子コンピュータなどがあり、極低温冷却技術の重要性が増しているという。

極低温への冷却には、現在はヘリウムの同位体の「ヘリウム3」を使用する冷凍機が主流だが、安定同位体ではあるものの、通常のヘリウムと比べて地球上では天然に存在する割合が非常に少なく、入手は容易とはいえない。また、核物質検出器に使用することから、2001年の米国同時多発テロ以降はその需要が急増し、供給危機が発生。それがきっかけとなり、現在ではヘリウム3を必要とせず、材料の入手が容易な「磁気冷却」の実用化に向けた研究開発が活発化するようになったという。

一般的な磁性体では、磁石の揺れる運動は温度の低下に連れてだんだんと小さくなっていき、ある温度以下になると磁石が整列し、運動が止まる。このため、磁気冷却は低温下で、熱を吸収しなくなる欠点があった。そこで、磁気冷却において熱の吸収量を上げるために磁石の密度を高めることが考えられた。しかし、磁石は密度が高くなると整列しやすくなり、高温で整列してしまうため、低温まで冷やせないという新たな問題が生じてしまっていたという。

そこで注目されたのが、微小磁石が低温でも整列せず、量子効果によりゆらゆら揺れ続ける物質だ。ヘリウムが、量子効果により固化せず絶対零度まで液体状態にとどまるのと似たような特徴である。このような磁性体では、磁石の密度が高かったとしても極低温への冷却を行える可能性があるという。

鉄などの磁性元素よりも強い量子効果が期待されるとして、今回注目された物質が希土類元素の1つでランタノイドでもある、原子番号70「イッテルビウム」だ。イッテルビウム磁性体は、従来の冷却材と比較して、より高い磁石の密度を持っている点が特徴だ。熱容量測定によりイッテルビウム磁性体の微小磁石の挙動が調べられたところ、極低温でも揺れていることが確認された。その結果、従来型の冷却材では不可能であった高密度と極低温到達の両立が可能であることが示されたと研究チームでは説明している。

実際に、イッテルビウム磁性体を用いて冷却装置が試作され、従来型の冷却材を用いた市販磁気冷却装置と同じ条件で性能の比較が行われた結果、市販装置の到達温度は絶対温度で0.08Kであったが、試作装置はさらに絶対零度に近い0.04Kに到達できることが確認されたとする。

  • イッテルビウム

    試作装置(内挿画像)による冷却の様子。磁気冷却により絶対温度で0.04Kに到達したことが確認された。市販の磁気冷却装置で到達できる最低温度は0.08K(グラフ右側の矢印)で、わずかな違いだが、熱的な乱れは市販の磁気冷却装置の半分となる (出所:JAEA Webサイト)

量子コンピュータや暗黒物質センサといった応用、超伝導などの基礎研究は、量子力学的な現象を対象としているため、熱的な乱れを排する必要がある。このため、絶対零度に近い温度で運用、研究を行うことが必須だ。0.08Kと0.04Kでは0.04Kの差しかなく、わずかな違いにしか見えないが、熱的な乱れは絶対温度に比例するため、乱れも半分となるという。そのため、今回の研究によって示された従来以上の低温冷却は、量子コンピュータの冷却への応用や基礎研究に大きな意味を持つ成果だと研究チームでは説明している。

また、従来の冷却材は「常磁性塩」と呼ばれる物質で、水分子を多く含むため、多湿では「潮解」、乾燥環境では「風解」といった劣化を起こし、使用不能となる問題があった。それを防ぐため、密封封入といった処置が必要だったが、イッテルビウム磁性体は水分子を含まないため、高温多湿、乾燥といった環境でも安定に使用可能できるというメリットもあり、空気中で取り扱っても劣化を気にすることなく切削、研磨といった機械加工が可能だとしている。

現在主流のヘリウム冷凍機は、連続冷却が可能なため低温が長時間維持できるが、非常に複雑な構造かつ希少なヘリウム3を必要とするメリット・デメリットがある。一方、磁気冷却は構造が簡単でヘリウムが不要であり、しかも構造も簡単なため、国際宇宙ステーションでの実験への利用も検討されるほどだという。

また、大きな欠点であった連続冷却ができなかった点についてもが、最近の研究開発によって解消されつつあることから、研究チームでは今回の成果が、今後主流となる磁気冷凍機に搭載されるスタンダードな冷却材となり、ヘリウム冷凍機を代替していき、広く活用されることが期待されるとしている。