老化に伴って腸の幹細胞が過剰に増殖し、がん化する分子レベルの仕組みをショウジョウバエで解明した、と理化学研究所などの研究グループが発表した。幹細胞のがん化は哺乳類でもみられ、ヒトの老化に伴うがん発生機構の解明にも役立つ可能性があるという。

分化する能力を持つ幹細胞は、生物の体の維持に重要な役割を果たしている。ただ無秩序に増殖するとがんが生じるため、増殖は厳密に制御されなければならない。中でも新陳代謝が激しい消化管は、幹細胞による組織の維持とがん化の研究対象として注目されている。老化により腸幹細胞は過剰に増殖しがん化するが、その仕組みはよく分かっていなかった。

そこで研究グループは、多細胞生物のモデルとして実験などに使われるショウジョウバエを調べた。ショウジョウバエもヒトと同様に老化に伴って腸幹細胞が過剰に増殖し、がん化して個体が死んでしまうことがある。野生型と、「ホワイト遺伝子」と呼ばれる遺伝子の機能がなくなった「ホワイト変異体」とで若齢(羽化後1週)と老齢(同1.5~2カ月)を比べると、野生型は老化により腸幹細胞が過剰に増殖したのに対し、ホワイト変異体では過増殖はみられなかった。

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    ショウジョウバエの腸幹細胞。細胞膜を緑、核を青で示した。老齢の野生型(左)では細胞が過剰に増殖しているが、ホワイト変異体では抑えられている。右下の目盛りは50マイクロメートル(理化学研究所提供)

また老化により、野生型では腸幹細胞にビタミンBの一種「葉酸」の代謝物が蓄積するが、ホワイト変異体では蓄積しないことが分かった。葉酸代謝物はDNA合成を制御し、細胞の増殖に必要な物質とされる。野生型では、老化すると腸幹細胞でホワイト遺伝子の発現が増え、葉酸代謝物が腸幹細胞に蓄積していた。蓄積した葉酸代謝物がDNAの合成を促し、細胞の増殖やがん化を促すことも分かった。

一方、実験でホワイト遺伝子の発現や葉酸代謝物の蓄積を抑えると、腸幹細胞のがん化が抑えられ個体の寿命が伸びた。DNAの合成を阻害する薬剤を投与すると、老化に伴う腸幹細胞のがん化がみられなくなった。

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    左は、腸幹細胞のホワイト遺伝子の発現を薬剤で抑制した(黒)結果。抑制しない場合(灰色)に比べ生存率の落ち方が緩やかになった。右は、腸幹細胞で葉酸代謝物の合成に関わる酵素の機能を抑えた結果。老齢の個体で分裂する細胞が減った(いずれも理化学研究所提供)

一連の結果から、ショウジョウバエでは老化によって腸幹細胞でホワイト遺伝子が増え、葉酸代謝物が蓄積。この葉酸代謝物がDNA合成を促進して過剰な細胞増殖を招き、がん化に至ることを見いだした。ホワイト遺伝子は変異するとハエの目が白くなることで知られる。これが老化の際の腸幹細胞のがん化にも関わるという新機能を発見した。

ホワイト遺伝子に似た遺伝子をヒトも持っている。また葉酸代謝はヒトのがんに関わっており、これを阻害する抗がん剤が広く使われている。研究グループの理研生命機能科学研究センター動的恒常性研究チームチームのユ・サガンチームリーダー(遺伝学)は会見で「葉酸は細胞のがん化に必要とされているが、必要であるだけでなく、がん化を促進することも分かった。ヒトについて今は何ともいえないが、長期的には医学にも貢献する成果になったかもしれない」と述べた。

研究グループは理研、関西学院大学などで構成。成果は代謝や恒常性に関する専門誌「ネイチャーメタボリズム」に日本時間6日に掲載された。

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