「ドラッグリポジショニング」という言葉を聞いたことがありますか?

最近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬候補である「レムデシビル」や「アビガン」等で話題になりました。これらの薬は従来、別の疾患に用いられていた既存薬です。もともとレムデシビルはエボラ出血熱の、アビガンはインフルエンザの治療薬です。このように既存薬や、開発中・開発中止となった治療薬を、当初の想定とは異なる疾患の治療に転用することをドラッグリポジショニングと言います。

このドラッグリポジショニング市場は拡大傾向にあります。その最大の理由は、新薬開発に関わる期間・費用などのコスト削減が可能であるからです。新薬開発においては、その化合物の安全性を動物・ヒトできちんと試験する必要があります。この試験には3~12年という膨大な時間がかかります。ところが、既存薬を用いた治療薬開発では、この安全性試験が既に行われている化合物を使用するため、この分のコストがカットできるのです。

ではなぜ、既存薬を異なる疾患に転用できるのでしょうか? 

そのヒントは副作用にあります。多くの医薬品は、標的に対して“鍵と鍵穴”のようにはまり込む、つまりは結合することでその効果を発揮します。この時、狙った標的ではないものに医薬品が結合することで引き起こるのが副作用です。

副作用、と聞くと身体に悪い影響を及ぼすイメージが強いですが、そればかりではありません。例えば「アスピリン」は解熱鎮痛剤として機能するだけでなく、抗血栓予防効果も確認されています。このように本来狙っていた疾患以外への効能が現れる副作用を持つ治療薬を、別の疾患への治療薬に転用しているのです。

このドラッグリポジショニングには、「偶発的発見型」・「戦略的導出型」の 2 パターンがあります。

偶発的発見型とは、疾患に対する治療薬として使用・開発される中で偶然、新たな効果が発見され、その効果を用いた治療薬として開発することです。先ほどの「アスピリン」の例はこの偶発的発見型にあたります。

一方近年では、後者の戦略的導出型が期待されています。医薬品は、標的に対し“鍵と鍵穴”のようにはまり込むことで疾患を治療します。ということは、医薬品と標的の分子的な“形”が分かっていれば、その医薬品が別の疾患治療薬に転用できるかを戦略的に見いだすことができるのです。これが、戦略的導出型の一つの方法です。

この“鍵と鍵穴”の関係は、コンピュータ上でシミュレートすることができます。そのため既に国内外の大手製薬企業は AI 創薬ベンチャー企業と連携し、ドラッグリポジショニングによる創薬研究を積極的に行っています。製薬企業は膨大な医薬品のデータベース、つまり化合物ライブラリーを保有しています。この化合物ライブラリーから、コンピュータによるシミュレーションで化合物をスクリーニングすることで、ドラッグリポジショニングによる新薬開発を行うのです。

現在、ドラッグリポジショニングによる新薬開発において重要な化合物ライブラリーの整備が進められています。アメリカではアメリカ国立衛生研究所(NIH)が低分子化合物の利用範囲を拡大するプログラム「Molecular Libraries Initiative」を開始し、化合物ライブラリーやスクリーニングセンターが整備されています。

また日本国内でも、日本医療研究開発機構(AMED)が、「産学協働スクリーニングコンソーシアム(DISC)」を開始し、国内製薬企業が提供した約20万化合物を保有するライブラリーを構築しています。

冒頭でご紹介したレムデシビルやアビガンも、このように膨大な化合物ライブラリーからスクリーニングされてきた化合物です。従来であれば、医薬品開発には 10 年以上の年月と莫大なコストが必要でした。ところが既存の医薬品を用いるドラッグリポジショニングでは、僅か1年足らずで新規の疾患に対する治療薬候補を見いだし、創薬研究の最終ステージであるヒトへの投与による有効性の確認まで辿り着くことができます。

現在世界中を巻き込んでいるパンデミックは、今後も起こりえると言われています。ドラッグリポジショニングにより、安全な医薬品に迅速なパンデミックの収束が今後も期待されているのです。