大ヒット上映中の映画『太陽は動かない』。藤原竜也氏と竹内涼真氏の初共演で繰り広げられる極限のノンストップ・サスペンスとして話題の本作では、物語の重要な鍵を握る存在として「宇宙太陽光発電システム」が登場する。

“全人類の未来を決める次世代エネルギー”として、その極秘情報を巡り、秘密組織に所属する主人公2人のエージェントをはじめ、他の秘密組織や裏組織をも巻き込んだ壮絶な争奪戦が展開されるが、じつはこの宇宙太陽光発電システム、まったくの荒唐無稽なものではなく、現実に研究・開発が進められている技術でもある。

はたして宇宙太陽光発電システムとはどんなものなのか? なぜ主人公2人をはじめ、登場人物はみんなこの技術を狙って命をかけることになったのだろうか?

その研究の最先端を走る、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究開発部門 宇宙太陽光発電システム(SSPS)研究チーム長の杉田寛之(すぎた ひろゆき)氏にお話を伺った。

  • 太陽は動かないポスター

    藤原竜也氏と竹内涼真氏主演の映画「太陽は動かない」。その物語の鍵を握るのが宇宙太陽光発電だ

  • 杉田寛之氏

    宇宙太陽光発電システムについてお話を伺ったJAXA研究開発部門 宇宙太陽光発電システム(SSPS)研究チーム長の杉田寛之氏(提供:JAXA)

「太陽は動かない」、宇宙太陽光発電システム(SSPS)とは?

宇宙太陽光発電システム(SSPS:Space Solar Power Systems)とは、宇宙空間で太陽光発電を行う、「宇宙に浮かぶ太陽光発電所」である。

発電した電力は、マイクロ波やレーザー光に変換(*1)し、地上に設置した受電設備へ向けて送電。そして受け止めたマイクロ波やレーザー光を電力に再変換し、エネルギー源として利用する。

地上でもおなじみの太陽光発電は、二酸化炭素排出量が小さく、化石燃料の価格急騰の影響が小さいというメリットがある。この太陽光発電を宇宙で行うと、さらに多くのメリットが生まれる。

たとえば、宇宙は地球上と比べ、約1.4倍の強さの太陽光が当たるため、発電量が上がる。また、宇宙ではほぼつねに太陽光が当たり、さらにマイクロ波は雨や雲など天候の影響も受けにくいため、24時間安定した電力供給も可能となる。地上の太陽光発電は、夜間や悪天候の日は発電できないという欠点があるが、SSPSなら水力や原子力のようなベースロード電源としての役割を担うことができる。

さらに、マイクロ波やレーザーを飛ばす方向を変えることで、送電先を切り替えることができるため、たとえば災害や停電が起きた地域などに、スピーディに送電することもできるなど、地上に固定された発電所ではできないような使い方もできる。

実現すれば、自然を利用した再生可能エネルギーのひとつとして、エネルギー問題、気候変動、環境問題など、現在の人類が直面している地球規模のさまざまな課題を解決できる可能性をもったシステムになると期待されている。

  • 宇宙太陽光発電システムの概念図。宇宙で発電した電力をマイクロ波やレーザー光に変換し、地上に設置した受電設備へ向けて送電。そして受け止めたマイクロ波やレーザー光を電力に再変換し、エネルギー源として利用する(C) JAXA

    宇宙太陽光発電システムの概念図。宇宙で発電した電力をマイクロ波やレーザー光に変換し、地上に設置した受電設備へ向けて送電。そして受け止めたマイクロ波やレーザー光を電力に再変換し、エネルギー源として利用する(C)JAXA

SSPSの構想は、1968年に米国のピーター・グレイザー(Peter Glaser)博士が発案したもので、究極的には化石燃料に頼らない社会を構築可能なアイデアとして提唱された。

とくに1970年代、オイルショックが発生したこともあり、このアイデアは社会から注目を集め、NASAを中心に研究・開発が活発に行われた。後述するように実現には多くの技術的課題があるため一旦下火になったが、基礎的な研究や実験は続けられている。一方日本でも、1980年代から要素技術の研究を継続して行っており、近年では中国も研究・開発に力を入れており、大規模な実験計画が進められている。

杉田氏は「日本では1980年代から、その将来性と、そして”メイド・イン・ジャパン”の半導体などの高い電子技術力を背景に、要素技術の研究・実験が始まり、現在でも要素技術においては、日本が世界の先頭にいると考えています。また、米国や欧州、中国などもいろんな方式、技術の研究・実験を行っており、各国が切磋琢磨している現状です」と語る。

SSPSは可能性も大きければ、その構造物のサイズもかなり大きい。現在、JAXAや経済産業省などが検討している案のひとつでは、地球の赤道上空高度3万5800kmの静止軌道に、数十m~百mサイズの大きさの太陽電池と送電装置を組み合わせたパネルをいくつも打ち上げ、それをつなぎあわせて建造することが考えられている。

実現すれば、面積2.5km×2.4km、質量約2万7000tにもなる巨大な構造物になり、地上の原子力発電所1基分に相当する100万kWの電力を作り出すことができる。

ちなみに静止軌道は、地球の自転と同期して周回しており、地球から見ると、文字どおり静止しているように見える。そこからエネルギーがもたらされるわけだから、まさしく「太陽は動かない」である。

  • マイクロ波方式宇宙太陽光発電システムの構想例

    マイクロ波方式宇宙太陽光発電システムの構想例(C)JAXA

【参考】 *1 マイクロ波とレーザー光は、どちらも性能や特性で一長一短ある。たとえばマイクロ波は雲や雨の影響を受けにくく、天気に左右されることなく送電ができるが、システムが大きくなってしまう。一方レーザー光はシステムをコンパクトにできるが、光であるため雲などがあると遮られてしまう。そのため、将来的にどちらを使うことになっても対応できるよう、並行して研究が続けられている。