国立天文台ならびに京都産業大学(京産大)は、2016年3月に地球に接近した「パンスターズ彗星」をすばる望遠鏡を用いて観測したところ、彗星の特徴である「コマ」の影響をほとんど受けずに、彗星核から放射されたシグナルを直接捉えることに成功し、同彗星の彗星核表面に見られる成分の分析に成功したことを発表した。
同成果は、国立天文台の大坪貴文 特任研究員、京産大 神山天文台/理学部の河北秀世 教授、同 神山天文台の新中善晴 大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、米・国際惑星科学誌「Icarus」にオンライン掲載された。
小惑星や彗星などの小天体は、太陽系が誕生した約46億年前の情報を現在も保持していると考えられており、「始原天体」や「太陽系の化石」などと呼ばれ、天然のタイムカプセル的存在として知られている。
彗星の核は氷とダストで構成され、太陽から遠くて水が氷としてしか存在できない小惑星帯の辺りよりも外側の領域では、小惑星と大差ない状態で軌道を巡っている。そしてさらに内側に入ってくると、太陽の熱によって氷が昇華して水蒸気を噴出するようになる。そうして周囲に撒き散らされたガスやダストは彗星核を覆うようになり、それが「コマ」と呼ばれる。また、撒き散らされたガスやダストは彗星最大の特徴である長い尾になることが知られている。
彗星は小天体であるため、地球近傍まで接近してこないと、詳細な観測ができない。しかし、地球近傍ではコマが生じてしまうため、核を直接観測することができなくなってしまう。非常に重要であるにもかかわらず、本体である核の観測が難しいのが彗星なのである。
彗星が重要なのは、地球に水をもたらした可能性があることが1つ。さらには、生命のもととなる有機分子を地球に運んだことも考えられている。そのため、研究者にとっては、彗星核は喉から手が出るほど観測したい対象だという。
しかし、上述したように実際の観測は難しいことから、これまで日米欧の宇宙機関によって探査機が幾度か送り込まれてきた。史上最も有名な彗星探査ミッションと思われるのが、1986年にハレー彗星が接近した際の通称“ハレー艦隊”だろう。日本の「さきがけ」と「すいせい」を含む、国際協力で行われた合計6機の探査機による大ミッションであった。ほかにも、NASAによる彗星からのサンプルリターンを行った「スターダスト」、2014年にチュリモフ・ゲラシメンコ彗星に到着したESA(欧州宇宙機関)の探査機「ロゼッタ」などもある。
しかし、彗星は発見されてから地球や太陽に最接近し、再び遠ざかってしまうまでの時間が短いため、発見してから探査機を開発して打ち上げるような時間を確保することが困難である。そのため、地上の大型望遠鏡や宇宙望遠鏡による観測が主となっているが、コマによって核がよく見えないという、もどかしさがあるのが彗星観測である。
しかし、研究チームが今回ターゲットとしたパンスターズ彗星は、彗星核を覆うベールであるコマが薄く、地上の望遠鏡からでも観測できる可能性が予想されていたという。
パンスターズ彗星とは、ハワイ大学天文学研究所などにより掃天観測などを行っている観測システム「パンスターズ」によって発見された彗星たちのことで、今回の観測ターゲットはそのうちの1つ。その正式名称は「P/2016 BA14(PANSTARRS)」という。
2016年1月に木星軌道の外側において、最初は小惑星として発見された(明るさは6.9等)が後に彗星としての活動が確認されたことで、天体としての登録が小惑星から彗星に変更された。木星との重力相互作用によって軌道が大きく影響を受けており、「木星族短周期彗星」と呼ばれるグループに属している彗星として知られる。
彗星は太陽に接近するのは一度きりで、その後太陽系外へ飛び去ってしまったり(放物線や双曲線軌道)、戻ってくるにしても天文学的な年数がかかったりするようなものも少なくない。その反対に惑星の軌道に近くなり、短い周期で定期的に太陽に接近するものもある。パンスターズ彗星もそのひとつで、過去に幾度となく太陽に接近していると推測されている。
そして接近するたびに彗星核からガスやダストを大量に放出してきた結果、今ではそれらが枯渇しつつある“進化した彗星”である可能性が示唆されていたのである。これこそが研究チームがパンスターズ彗星を観測対象として選んだ理由だという。
具体的には、2016年3月22日にパンスターズ彗星が地球まで約350万km(地球~月間の約9倍の距離)という至近距離まで最接近した際、すばる望遠鏡を用いて観測。そして実際にコマの影響をほとんど受けずに、彗星核から放射されたシグナルを直接捉えることに成功。波長8~13μmおよび18μm付近という、2種類の中間赤外線観測データが取得された。
こうした彗星核表層の観測を、探査機によらず地上の望遠鏡で達成したのは世界初のことだという。
観測に成功した理由として研究チームは、地球の近くを通過したということも大きいが、事前に予測された通りに彗星としての活動度が実際に低く、あまりガスやダストを放出していなかったことが大きかったとしている。
そしてパンスターズ彗星の核表面に見られる成分の分析が実施された結果、以下の3点が判明した。
- 彗星核の大きさは約800m
- 彗星核表面の温度は80℃程度(絶対温度350K程度)
- 彗星核表面には、含水シリケイト鉱物や複雑な有機物が存在
この3点のうち、中間赤外線で彗星核表面に含水シリケイト鉱物の存在が示唆される結果が得られたのは、世界で初めてのことだという。研究チームの一員である新中大学院生は「彗星において含水鉱物が検出されたことは、彗星核の形成と進化を理解する上で重要な結果」とし、「今後、どのような彗星に含水鉱物が含まれやすいのかについて明らかにしていきたい」と抱負を語っている。
ちなみにパンスターズ彗星は、欧州宇宙機関(ESA)や宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所などが実施する彗星探査計画「コメット・インターセプター」のバックアップ・ターゲットの候補にもなっている(京産大 神山天文台の研究者も参加)。
インターセプターとは“遮るもの”、“迎撃機”といった意味だが、この場合は彗星を“待ち構えて探査する”という意味合いで、あらかじめ3機の探査機を打ち上げて宇宙空間で待機させておき、観測対象となる彗星が現れたら向かわせ、フライバイによる観測を行おうというのがコメット・インターセプター計画の狙いである。
なお、探査機に彗星の尾を通過させたり、コマの中に突入させたりするようなコースは、トラブルに見舞われるような危険性が高いと考えられている。実際、ハレー艦隊の探査機のうち、最接近し、コマの中に突入したESAの「ジオット」は、前面にはダストを防ぐための装甲板がつけられていたほどで、その危険な挑戦は当時、「カミカゼミッション」などといわれたほどであった。ただし、パンスターズ彗星はハレー彗星と比べてずっと穏やかであることから、探査機による観測もしやすいものと想像される。