北海道大学(北大)ならびに関西大学(関大)は3月30日、ありふれた酸化鉄「Fe3O4」を用いて、-55.8%という大きな「負のトンネル磁気抵抗(TMR)効果」を実現したと発表した。

同成果は、北大大学院 総合化学院の安井彰馬大学院生、同・工学研究院の長浜太郎准教授、同・島田敏宏教授、東京大学大学院 理学系研究科の岡林潤准教授、関大 システム理工学部の本多周太准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する応用物理学の専門誌「Physical Review Applied」に掲載された。

物質中の電子はアップスピンとダウンスピンという2種類の磁気的性質に分けられ、通常は両スピンは同数ずつ存在する。しかし磁性体中ではどちらかのスピンが多く存在し、特に「フェルミレベル」と呼ばれる特別なエネルギーレベルにおけるスピン数の偏りについては、「スピン分極」と呼ばれている。このスピン分極は、スピントロニクス材料として重要な物質パラメーターの1つとされている。

電子状態計算によって「-100%」という大きな負のスピン分極率が予想されており、スピントロニクス材料として期待されている物質が酸化鉄の一種である「Fe3O4」だ。

酸化物磁性体は一種のセラミックスであるため、その多くは絶縁体であって電気を流さないことが一般的だが、Fe3O4は室温で良好な電気伝導性を有することが知られている。

また-100%のスピン分極率を示す材料は「ハーフメタル」と呼ばれ、数百%におよぶTMR効果が期待されている。

こうした巨大なTMR効果は、次世代メモリ素子や脳型コンピューティング素子の開発につながると考えられており、世界中でFe3O4を用いたTMR効果の研究が進められているが、これまでのところ大きなTMR効果は実現されておらず、その理由の解明と、TMR効果の増大が課題となっていた。

共同研究チームでは、これまでの研究から、TMR効果を示すトンネル接合素子の「トンネル磁気抵抗効果素子」の開発や、磁界によってキャパシタンスが変化する「逆トンネル磁気キャパシタンス効果」などを報告してきた。今回の研究では、高品質な結晶性多層膜作成技術の「エピタキシャル成長」と、酸化鉄の組成の詳細な制御により、Fe3O4の高いスピン分極率を引き出すことに挑んだという。

具体的には、酸素雰囲気中で鉄を蒸着させて酸化鉄薄膜を作製する「反応性分子線エピタキシー法」を用いて、、その酸素圧力を精密に制御することでFe3O4の単結晶薄膜を作製。さらに、通常の金属系TMR素子において大きな効果を示す酸化マグネシウムをトンネルバリア層として採用する形で「Fe3O4/MgO/Fe」という構造のTMR素子を作製し、磁気抵抗効果の測定とその温度変化が調べられた。

また、理論的な立場から、その電気伝導特性を理解するために「密度汎関数法による電子状態計算」も実施されたという。

  • スピントロニクス

    密度汎関数を用いたFe3O4の電子状態。(左)Fe3O4の電子状態密度。縦軸の5eVと6eVの間にあるフェルミレベル(EF)においては、ダウンスピンのみが電子状態を持つスピン分極率が-100%のハーフメタルであることが見て取れる。(右)Fe3O4の分散関係とFe3O4の結晶構造。分散関係の色はトンネリングに重要な対称性を持つ電子状態の割合が示されている (出所:共同プレスリリースPDF)

その結果、80K(-193℃)において、-55.8%の負のTMR効果が確認された。この値は、正のTMR効果を示す素子におけるTMR効果の定義に換算すると、-126%に相当する値であり、酸化鉄を用いてこれだけ巨大なTMR効果を報告した例はこれまでなく、Fe3O4の高いスピン分極率が初めてTMR効果によって示すことに成功したとする。

  • スピントロニクス

    さまざまな温度で測定されたTMR効果。左は酸素圧力が最適からずれた条件で作製された素子で、右は最適条件で作成された素子。80K(-193℃)において-55.8%の負のTMR効果が観測された。左は温度の低下とともにTMR効果が増大し続けるが、右は125K(-148℃)で最大値を取り、TMR効果の曲線形状が変化する (出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、作製時の酸素圧力によって、TMR効果の温度依存性が異なることも判明。理想的なFe3O4は、120K(-153℃)付近で「フェルべ転移」と呼ばれる相転移を起こすこと、またその転移はFe3O4の組成に敏感であることがこれまでの研究から知られていたが、最適な酸素分圧で作製された素子はフェルべ転移を越えて温度低下するとTMR効果は減少に転じることが確認された一方で、最適条件からずれた素子が示すTMR効果は増大を続けることが明らかとなったという。これについて共同研究チームでは、フェルべ転移がTMR効果に大きな影響を及ぼすとともに、その制御がTMR効果の制御に直結することを示していると説明する。

なお、共同研究チームでは、今回の研究成果を足がかりにすることで、今後、酸化鉄などの酸化物磁性体を用いたTMR素子の開発が進むことが期待されるとしているほか、酸化物半導体などと組み合わせることにより、新規なエレクトロニクス素子開発への道筋が開かれる可能性もあるとしている。