東京大学、千葉大学、日本医療研究開発機構(AMED)の3者は3月26日、心臓に存在している免疫細胞「心臓マクロファージ」に注目し、この細胞が分泌するタンパク質が、心筋細胞同士の小さな穴を通したコミュニケーションに必要であることを発見したと発表した。
同成果は、東大医学部附属病院 循環器内科の藤生克仁特任准教授(東大大学院 医学系研究科 先進循環器病学兼務)、同・小室一成教授(東大大学院 医学系研究科 循環器内科学兼務)、千葉大大学院 医学研究院 長寿医学の真鍋一郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
「心臓突然死」は心疾患患者の主要な死因で、日本では毎年6~8万人が亡くなっている。心臓突然死は、重症な不整脈が続くことで生じるが、まったく前兆もなく急に不整脈が出現して突然死してしまうこともある病気である。今後、高齢者人口が増えるにつれて、さらに増加することが懸念されている。
不整脈が起こる可能性が高いことがあらかじめわかっている心臓病患者に対する治療方法としては、心臓の不整脈の起源となる部分をカテーテルで焼灼または冷凍するカテーテル治療や、不整脈が出現した際に電気ショックでもとに戻す埋め込み型除細動器治療などがある。
しかし、どちらも患部の除去療法・対症療法であり、根本的な原因への治療ではない。根本的な治療が開発されていない理由は、未だにどのように心臓の正常な動きが作られているのか、不明な点が多いことが挙げられるという。
心臓突然死のこれまでの研究は、心臓の主なポンプであり、大動脈につながっていて全身に血液を送る役割を担う左心室を中心に展開されてきた。しかし、最近になって、静脈からの血液を受け入れて肺に送り出す右心室の機能が低下していると突然死が増えるという臨床報告があったことから、共同研究チームは今回の研究において、右心室に着目することにしたという。
研究はマウスを用いて行われ、まず右心室に圧力ストレスを与えた上で観察が行われたところ、多種の免疫細胞が増加していることが見出された。それぞれの免疫細胞を1種類ずつなくしたマウスを作りだし、その上でそれぞれのマウスの右心室に圧力ストレスがかけられた。
すると、免疫細胞の1つであり、死んだ細胞や細菌などの異物を貪食して除去する細胞である「マクロファージ」をなくしたマウスだけが、重症な不整脈を生じ、短時間で突然死することが確認された。このことは、心臓内のマクロファージ(心臓マクロファージ)が、突然死を予防していることを意味しているという。
続いて、心臓マクロファージがどのように不整脈を予防しているのかの検討が行われた。すると、心臓マクロファージは、心筋細胞同士が同期して収縮を繰り返すために必要な「ギャップジャンクション」を正常に作るために必要であることが判明したのである。
ギャップジャンクションは、心筋細胞同士をつないでいるタンパクいつで、その中央には小さな穴がある。心臓が規則正しく鼓動を打つには、多数の心筋細胞が同期する必要があるが、ギャップジャンクションは心筋細胞同士のホットラインであり、これを通じて隣の心筋細胞に収縮が伝達される仕組みだ。そして、この規則正しい鼓動のために重要極まりないギャップジャンクションを作っているのが、心臓マクロファージだったのである。
しかし不思議なことに、心臓マクロファージの心筋細胞に対する個数が少なく、心筋細胞100個に対して、心臓マクロファージは1個程度しか存在しないことが確認された。マネージャーとして100個の部下を監督するのは、なかなか骨の折れる仕事といわざるを得ないだろう。
そこで共同研究チームは、心臓マクロファージが多数の心筋細胞をコントロールする仕組みがあるものとし、その手段として何らかのタンパク質を用いていると考察。そして心臓マクロファージが分泌しているタンパク質の探索が実施された。すると、タンパク質「アンフィレグリン」が、心筋細胞の表面に存在する「上皮成長因子受容体」を介して、ギャップジャンクションの形成に必要であることが発見されたのである。
次に、アンフィレグリンを心臓マクロファージからなくしたマウスの観察が行われた。すると、ギャップジャンクションが正常に形成されず、さまざまな種類の不整脈が出現し、さらに心臓へのストレスを加えると、「心室頻拍」や「心室細動」などの重症な不整脈が出現し、高い割合で突然死を生じることが確認された。
また心臓マクロファージは今回着目された右心室だけでなく、心臓のすべての部位において働いていることも確認された。心臓が正常に活動するために必須のメンテナンス係とでもいうべき存在といえるだろう。
なお、共同研究チームは、今回の研究成果により、まだ存在しない心臓突然死の診断・治療・予防法の確率へ貢献することが期待されるとしている。