Intelの新CEOであるPat Gelsinger氏は、前社長のBob Swan氏が検討していた「ファブライト」や「ファブレス」に事業形態を変えることはなく、あくまでもIDM(垂直統合型デバイスメーカー)として留まるとして、IDMをさらに進化させた「IDM 2.0」を目指すとする宣言を3月24日に行った。

この宣言は、

  • Intel社内でのCPU製造を継続するとともに、新工場を建設し生産能力をさらに増やす
  • しかし、同時にサードパーティへの製造委託も従来よりもはるかに増加させる
  • さらには、世界中の顧客を対象にファウンドリサービス、「Intel Foundry Service(IFS)」を独立事業として行う

という新方針を示すものである。

これに対して、Intelの味方になるはずだった微細プロセスでの製造が可能なファウンドリを抱える台湾や韓国の半導体業界に困惑が広がっているという。

韓国メディアに掲載された見出しを拾ってみただけでも、以下のような論調で、韓国での困惑ぶりがうかがえる。

  • 「半導体覇権戦争」の引き金引いた米国、「オーナー不在」サムスンは緊張 (韓国経済新聞)
  • インテル、ファウンドリに200億ドル投資、「顧客が敵に」サムスン緊張 (中央日報)
  • 「サムスン、TSMCと協力する」インテル、実際は敵と同床 (BLOTTER)
  • サムスン、TSMC追撃が手に余るのに、半導体恐竜インテルの逆襲 (毎日経済新聞)
  • インテルがサムスンとTSMCに宣戦布告 (Money Today)

ほとんどのメディアが、インテルが敵になってしまったととらえているようだ。

東亜日報は、3月25日付けの「インテルがファウンドリに22兆ウォン投資、(韓国勢は)スーパーサイクルの夢から目覚める時」と題する社説を掲げて「各国政府は、国の未来戦略のために半導体産業育成に積極的だが、韓国は投資、技術開発、人材育成などを代表企業の『個人技』だけに頼っている。新型コロナで抑えられていた消費が噴出し、半導体価格が上昇するスーパーサイクルの甘い夢に陥って、世界各国が高く積み上げている自国優先主義の壁に(韓国勢が)適切に対処できなければ、わずか数年後、韓国は奈落へと転落しかねない」と手厳しく警鐘を鳴らしている。

2020年7月に、IntelのCEO(当時)であったBob Swan氏が、社内の7nmプロセスが低歩留まりで立ち上がらないため、CPUの製造を外部委託する検討を始めたと発表した際には、TSMCの株価が急騰するなど、盛り上がりを見せた台湾半導体業界も今回のIntelの発表に動揺を隠せないでいる模様だ。

TSMCの株価はIntelからの大量生産受注で再び高騰するものと見られていたが、Gelsinger氏のファウンドリ参入発表後、株価は一時低迷した。台湾の各メディアもこの点に着目した見出しを以下のように並べた。

  • インテル工場ショック、TSMCの株価4%下落 (「非凡電視」、および「經濟新報」)
  • インテルのファウンドリ部門はTSMCの株価と競争 (中央通信社)

韓国同様、IntelがTSMCを敵に回したとの見方も目立った。

例えば台湾の「經濟日報」では、「Intelは200億ドル工場建設でTSMCに宣戦布告」という見出しを掲げた。

TSMCは、Intelにとって最重要製造委託先であると同時にファウンドリビジネスで米国シリコンバレーの先進ファブレスを奪い合うライバルという複雑な関係になってしまうことになるが、TSMC広報担当者はIntel Foundy Serviceの件に関して一切コメントとしないとしている。

米ロイターは「米半導体インテル、米工場に200億ドル投じ増産へ、アジア勢に対抗」と、Gelsinger氏が、現在、約80%の半導体生産能力がアジアに集中しており、地理的な不均衡を解消するため、アリゾナ州の新工場とは別に欧米に工場増設の投資を年内に行う予定であると述べた点に注目している。そして、Intelは、最高性能の半導体を生産できるアジアのライバル2社、つまりファウンドリ最大手のTSMCと、同2位のSamsung Electronicsからシェアを奪う狙いがあるとしている。

また、ロイターは「インテル、時間稼ぎ狙った賭けに潜む落とし穴」と題した同通信社コラムニストのブログも載せており、今回のIntelの発表により、ファウンドリ同士の競合関係が生じることから、台韓のファウンドリがIntelの生産を優先してくれるかどうかは分からなくなったとし、将来、世界的な半導体不足が発生した際に、Intelが自社の事業を優先し、顧客への供給を後回しにするのではないかと顧客は警戒するだろうとも述べている。

このほか、Intelが設計部門を製造部門から切り離すという案も、最終的にはなお、検討の余地が残るともしている。

Samsungのようなスマートフォンビジネスと兼業するファウンドリではAppleはじめとするスマートフォンサプライヤは情報漏洩を恐れて、安心して専用SoCチップを製造委託できないので、専業のTSMCが好まれるわけである。IntelもCPUメーカー兼業のファウンドリであり、AMDやAppleをはじめとするコンピュータおよびその関連メーカー各社は、設計の秘密がライバルであるIntelの設計部門に漏洩することを恐れて製造委託しないのではないかとみられる。