東京大学(国際ミュオグラフィ連携機構、生産技術研究所、大学院新領域創成科学研究科)、九州大学、関西大学、英・シェフィールド大学、英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設、ハンガリー科学アカデミー・ウィグナー物理学研究センター、NECの7者(9組織)は3月19日、「海底ミュオグラフィセンサーアレイ」の一部を、東京湾アクアライン海底トンネル内部の100mに渡って設置し、東京湾における天文潮位のリアルタイム測定に成功したと共同で発表した。

超新星爆発などにより、光速に近い速度にまで加速された高エネルギー宇宙線が地球の大気圏に突入し、窒素や酸素などと衝突すると新たな素粒子が複数生成され、それらがまた別の窒素や酸素などと衝突すると同じように素粒子を生成し、次々とシャワー状に数多くの素粒子が地上へと降り注ぐ。

このような宇宙線に起源を持つ素粒子の中に、ミュオン(ミューオン、ミュー粒子とも呼ばれる)という軽粒子(レプトン)がある。レプトンとは、電子やニュートリノなどを含む素粒子のグループだ。ミュオンはニュートリノほどではないものの、貫通力が高いことが特徴で、1km以上の岩盤も貫通するという。

そうした貫通力の高い特性を利用して、巨大物体をレントゲン撮影のように透視する技術が「ミュオグラフィ」である。これまでピラミッド内にある未知の空間(部屋らしきもの)を発見するなど、遺跡、火山、原発などの透視で大きな成果を上げている。

こうしたミュオグラフィを用いた測定は、これまではすべて陸域で行われてきたが、今回初めて海域へと展開。天文潮位のリアルタイム測定が行われた。海面下45mの地下に位置する東京湾アクアライン海底トンネル内部に設置された「東京湾海底ミュオグラフィセンサーアレイ(TS-HKMSDD:Tokyo-bay Seafloor Hyper KiloMetric Submarine Deep Detector)」は、幅10cm・長さ2mのミュオグラフィセンサーモジュールを約10mの一定間隔で配列させた一次元集合体だ。今回は100mに渡って設置された。

  • TS-HKMSDD

    ミュオグラフィセンサーモジュール。ミュオンを検知する度にダイオードが点灯する仕組みになっている (c) Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大生産研Webサイト)

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    TS-HKMSDD。現在は、東京湾アクアライン海底トンネル内に、ミュオングラフィセンサーモジュールが10m間隔で100mほど設置されている。2021年末までに、1kmまでに延長される予定(センサーモジュールの数は100個以上) (c) Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大生産研Webサイト)

東京湾の海水を貫通し、海底下の東京湾アクアライン海底トンネルにまで到達したミュオンは、センサーモジュールにて検知されると、TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センターにて記録される。

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    TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センター (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大生産研Webサイト)

この記録されたミュオン数の時間変化を測定することにより、TS-HKMSDD上部に位置する海水の厚み、要は波などによる海水準の変動を測定できるのである。

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    今回設置されたTS-HKMSDDの位置。(上)東京湾アクアラインと海ほたる。(下)東京湾アクアラインの断面図。「Mu」(ミュー)と記された部分(海ほたるの辺り)に現在のTS-HKMSDDが設置されている (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大生産研Webサイト)

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    TS-HKMSDDによる潮位測定結果(観測点:千葉)。上の青線はTS-HKMSDDにより測定された潮位、下の赤線は海上保安庁による検潮結果。細かい差異はあるが、ほぼ一致しているのがわかる (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大生産研Webサイト)

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    TS-HKMSDDによる潮位変動の時空間イメージ。カラースケールは潮位が示されており、緑が低く、黄から赤になるに従って高くなる (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大生産研Webサイト)

海水準の決定精度、時間分解能、空間分解能、測定範囲は、トンネル内に設置するセンサーモジュールの敷設範囲、敷設密度を上げることで向上させることが可能だ(モジュールは、その構造論的性質から足し続けていくことが可能)。

そして今回、天文潮位のリアルタイム測定に成功したことで、今後のセンサーアレイの拡張により、地震による津波や低気圧などによる異常波浪をそれらが東京などの港湾部に到達する前にイメージングできるようになるという。さらに、東京湾の海底の岩盤も、密度の違いで通過できるミュオン数が変化するので、火山同様に内部を透視できるという。

またセンサーモジュールを増やしてTS-HKMSDDを拡張(延長)すれば、より広域で津波や高潮をイメージングを実現できるようになる。それらに加え、東京湾の海底に眠る天然ガス資源の探査も行えるようになるという。

実は東京湾も、日本国内の天然ガス可採埋蔵量の90%以上を占めるという巨大な「南関東ガス田」の一部だ。同ガス田は千葉県を中心に、茨城・埼玉・東京・神奈川県下にまたがる微生物起源のメタンガスからなる水溶性天然ガス田である。

しかし、現状では東京湾領域がまったくの調査空白域となっていることが大きな課題だった。そこで、TS-HKMSDDを用いて調査することが検討されているのである。

今後の計画では、2021年末にTK-HKMSDDの長さが1kmに拡張される予定で、これにより東京湾のより広い領域をカバーできるようになるという。

さらに今後はTS-HKMSDDの運用により得られる大量の東京湾透視画像に、すでに火山噴火予測で成果が上がっている火山透視画像の機械学習プログラムが応用される。これにより、将来の高潮の詳細な波高分布の予測につなげることが計画されている。

そして東京湾アクアライン海底トンネルと同様の海底トンネルは世界各地にあることから、TS-HKMSDDをモデルケースとして世界への展開も検討されている。実際、今回の国際共同研究チームには、英国やハンガリーの大学や研究機関も参加している。特に英国では、北海海底トンネルにおいて、すでにHKMSDDを整備する計画が立案されているとした。